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 寺井はそれを引き抜く。鞘は黒曜石から切り出したような、滑らかな漆黒の輝きを放っていた。
 手応えは重い。だが、その重さはそれまでのような振るえば腕を壊してしまいそうな凶暴な重さではなく、まるで剣自身の『此処ニ在ル』という強い意志が質量を得たような重さだ。
 寺井は柄を握ると、一気に抜き放つ。
 その剣は、想像していた鋼の色を見せなかった。
 剣身は透き通るような象牙色をしており、胡桃色の淡い濃淡が剣身の中でうねるような模様を描いていた。丁度、大理石から削りだしたかのような意匠だった。
 長さは剣道で使っていた竹刀より掌ひとつ分ほど短い。剣の長さから言えばミドルソードになるだろうか。柄はやや長く作られており、片手剣とも両手剣とも言えない微妙な長さ。左右に伸びる鍔はまるで翼を広げたような形をしていた。
 一見しただけでは練習用の木剣が紛れているのかとも思われるが、その刃の鮮烈さを見ると、そうではないことは一目瞭然だった。
 重さからも分かるように、木剣とは違う。分類するならば石剣せきけんとでも呼んだらいいのだろうか?
 寺井がそんな事を考えていると、後ろから声を掛けられた。
「ほう、その剣を選ぶか」
 開いた扉から入ってきたのは、エヴァンスだった。初めて見る、薄いピンク色のドレスを身につけている。ひらひらとした装飾が付いているスカートは彼女の短い脚に合わせて短く揃えられていた。
 寺井は思わず息を呑む。
 昨夜の出来事がフラッシュバックして、恥ずかしくてまともに顔を見ることが出来なかった。
 エヴァンスはその様子に気付いたが、敢えて無視するように剣を見つめる。
「その剣を自らのものにするのか?」
 エヴァンスは寺井と微妙に目線を合わせないようにして、彼の手に握られている剣を注視しながらそう言った。
 その抑揚の無い科白セリフからは何の感情も読み取れず、寺井はその圧力めいた雰囲気に思わず剣を鞘に戻す。
「すみません、やっぱり触ってはいけないものでしたか?」
 そう言って、元の場所に返そうとする。たしかにこの剣は他のものと一線を画した雰囲気を持っている。きっと高級なものなのだろう。寺井はそう思った。しかし、エヴァンスはそれを制する。
「いや、……構わない」
 そして、エヴァンスはやや逡巡するよう言葉を紡ぐ。
「ロザリオにも言われたのだと思うが、その剣達は、もはや主を失ったもの達なのだ。
 ……誰にも使われず、自らの在る意味すら分からず、保存の魔術のせいで朽ちることも容易には出来ず、ただただ悠久の時をそこで過ごすのは、たとえ剣とてあまりに退屈だろう」
 エヴァンスのその言葉は、寺井には、剣についての言及だけではないような響きを伴って聞こえた。
 その言葉に無言で頷き、寺井は手にした剣を再度鞘走らせる。鞘を立てかけ、軽く周囲を見回してから、柄を両手で握った。そして確かめるように二、三度素振りをする。
 空気を切り裂く音は高く透き通った音だった。
 いい剣だ。
 もちろん寺井は本物の剣を握った事がない。だが、そんな素人にとっても、その剣は明らかに他と違って良いものだと、確信を持って言える。
「この剣、……頂きます」
 寺井はそう言ってその剣を鞘に戻す。そう宣言する寺井を、エヴァンスはどこか郷愁を感じているような目で見つめ、そして、
「そうか」
 と言い哀しげに笑むような吐息を漏らした。



二十四、昼食会

「さて、食べながら会議でも始めようか」

 不思議な心境がエヴァンスの中に渦巻いていた。
 昨日の話し合いでは、まるで情けを掛けられているようで自尊心が削られていくような感覚を味わったのに、今日は全くそんな感情はない。むしろ、雷の売女をとめの助力によって、自分が僅かながら元の強さを取り戻せるかもしれない事に、むしろ期待に似た感覚が湧いていた。
「昨晩、考えたのだが」
 エヴァンスはそう切り出す。
 本当は考えたのは昨晩のことではない。今朝、それも起きてからのことだ。だが、深く考慮した結果だということを強調するため、そう嘘を吐く。
「やはり考えが変わってな。淫魔五大貴族会議に出席することとしたい」
 そう言った。あまり喋らない生活を送っていたことと、人前で話すのが久しぶりというのもあってか喉が渇く。
 思わずもう一口葡萄酒を口にしようとするが、あまりがぶがぶ飲むのもはしたないと思い直し、その代わりにエヴァンスは唾を飲み込んだ。
「一晩の内にどんな考えの変化があったのか、よかったらおしえてくれないかにゃ?」
 シャーロットはほんの僅かに目を細め、その隙間から隠しきれない猜疑心を覗かせてそう言った。恐らく、そう簡単に折れるとは全く予想していなかったのだろう。そのために、裏があるのではないかと疑いを持ってしまっているのだ。
「……そうだな。確かに急に意見を反転させた者の言うことは怪しい。最悪の場合、交換条件の片方が完遂された時点で約束を反故にする可能性もあるな」
 エヴァンスはその視線に気付き、やや強い調子でそう言った。
「そ、そこまでは……おもってないにゃ……」
 とシャーロットは狼狽したのか、猜疑心の光を揺らめかせ、視線を彷徨わせる。
「……まあいい。理由はそれほど難しいことではない。
 私の代でラピス家を途絶えさせるのは酷くもったいないと思ったのだよ。
 ラピス家は歴史在る家だ。初代ラピス家当主、ラピス・リベラが当時の五大貴族としてこの地に『家』を作り、その後十二代目当主の私まで二千年近く続いている。
 この歴史在る家は、しかしながら今、私の一存で無くしてしまうことが出来る。
 例え作るのに長い、長い時間を掛けたものであっても、壊す時は一瞬だ。もう一度作ろうと思っても、またそれと同じだけの時間が掛かるだろう。
 それを私だけの裁量で壊してしまうのは、気が引ける。
 人界も同じだ。
 人がその世界に現れ、長い年月を掛けて築いてきた歴史、文明が人界にはある。
 壊そうとするのは何時だって出来るが、もう一度作ろうとするのは難しい……。いや、化石燃料を初めとして物質に極端に依存しているらしい人界の場合、もう一度現在のレベルの文明を作るのはおそらく不可能だろう。
 それを壊してしまうのか。と、考えると、そうするにはやや惜しいと思ったのだよ。
 無くしてしまっては取り戻せないものがある。目先の利益にとらわれて貴重なものを喪ってはいけない。そう思い直したのだよ」
 そう言ってエヴァンスは、また葡萄酒を飲むためにストローを咥えた。
 エヴァンスの、『無くしてしまえば取り戻せないものだから』という言葉は大きな重力を持って場に君臨した。その説明に口を挟める者は居なかった。
 実際の所、それは建前に過ぎなかった。
 無論、そのことを知っているのはエヴァンスだけだ。
 しかし、じゃあ本音は一体どんな理由なのかと訊ねられても、エヴァンス自身その答えに窮する。ただ、『無くしてしまえば取り戻せないものだから』というのは、本心から言ったものではない。それだけは確かだ。
作品名:著作権フリー小説アレンジ 作家名:西中