著作権フリー小説アレンジ
きっとそのせいで、自分の四肢がなくなっていることを一瞬忘れてしまったのだろう。最近ではなくなってきていた喪失感が、ずんと双肩に圧し掛かってくる感じがした。
夢の中の思い人が客人の顔をしていた。そのことに、エヴァンスは動揺する。
エヴァンスは起き上がると、肘までの右腕で顔に垂れてうっとうしくなった前髪をかきあげた。
*
会議は正午から昼食をとりながら行うとロザリオに言われ、寺井はふと、今まで行っていなかった場所に行ってみようと屋敷を探検した。
よくよく考えれば、昨晩の出来事は、寺井が元居た世界に戻る条件を満たしてしまったことになる。
それでもまだこの世界に居るということは、条件を満たすことと世界移動が発動するのには時差ラグがあるということなのだろう。ならば、そのラグの間に出来る限り探検でもしておかないと損だろう。
寺井はそう考えた。
今日の夢を、寺井はどう受け止めていいのか悩んでいた。
昨日の過ちから、その罪悪感から、元彼女の夢なんて見たのだろうか?
ずきり、と、胸が痛んだ。
そんなことを考えているうちに、今まで行ったことのなかった西館の一階に来ていた。
なぜかここだけ照明が点ついておらず、壁面の装飾や床の模様もそぎ落とされ、簡素なものになっている。
貴族のいる所というよりはむしろ、その使用人の住む場所といった雰囲気だ。いや、それに混じって静かな闘気にも似た空気が漂っているような感じもあった。
「なんだここ」
ふと、こんなところに足を踏み入れてもいいのだろうか? という疑問が鎌首をもたげた。しかし、ロザリオが一日目に言った『どこに行ってもかまわない』の但ただし書がきに西館の一階は含まれていないことに気付き、それならばと足を踏み入れた。
不思議なことに、西館入り口の右側の壁に一つと、遠くに見える西玄関のそばにもう一つ扉があるだけで、他は何も無い。
寺井はおそるおそる扉に手を掛けた。
軽い感触と共に取っ手が四十五度下がる。押して開かなかったので引いてみる。
すると、しばらく使われていなかったのか、砂埃と共に扉が開いた。
華美な模様などはないとはいえ、綺麗な床を汚してしまった事にほんの少し焦るが、中を見てみたいという欲望が勝り、中に足を踏み入れた。
酷く透明度の低い磨り硝子の窓が点々とあるだけで照明は点いておらず、薄暗い。
寺井はドアを開けたままその部屋に足を踏み入れた。
膝上くらいの高さの樽や木箱が無数に置いてあり、その中には、たくさんの刀剣類や長柄武器の類が立てられていた。
そこは、武器庫だった。
寺井は思わず一つの剣に触れた。武器を見るとなにか理屈抜きでワクワクしてしまうのは男の子の性だろう。寺井は、すぐ戻せばいいと逡巡を振り払い、その柄と鞘を握って木箱から引き抜く。なにか保存するための魔術でも掛けてあるのか、埃っぽい室内に対して、その剣には埃の一つも付いてはいなかった。
その剣は鉄製のようで、寺井が思った以上にずっしりとした感触を両手に伝えた。持ち上げることが出来ない程ではないが、これを振り回して闘うとなると、相当な筋力が必要になるだろう。少なくとも、今の寺井には少々難しそうだった。
鞘から少し引き抜いてみると、鏡のように磨かれた剣身が現れる。寺井にはそれがかえって安っぽい輝きにも思えた。これだけたくさんの剣が在るということは、練習用のものなのかも知れない。
寺井はゆっくりとその剣を引き抜いた。
「っ!」
背後から息を呑むような気配を感じ、寺井は振り返った。
そこにはロザリオがいた。左腕全体で胸を隠すようにしており、右腕を真っ直ぐ前に伸ばし脱力したように構えていた。
瞳には、エヴァンスが魔眼を使うときと同じような紫の光を点しているが、ロザリオの光はエヴァンスのものより少し青味が強い。
寺井はなぜそんなに敵対心を露わにしているのか、少しショックだったが、よくよく考えてみれば当たり前の事だ。寺井は今、剣を手にしているのだ。寺井がいた日本でこんな剣を抜き身のまま持ち歩けばたちまちのうちにお縄になってしまうだろう。
それほどに今寺井が手にしているものは危険なものなのだ。
それでなくても、ロザリオにとって、人間の男はエヴァンスから四肢を奪い去った存在と同じ種類のいきものなのだ。
「すまない」
寺井はそういうと、ゆっくりと剣を床に置き、敵意が無い事を示すように軽く諸手を挙げた。
ロザリオは少し複雑な、なにか迷うような表情をした。目の光が明滅し、そして消える。
数秒間だが、寺井には酷く長く感じられた。
「申し訳ありません寺井様。少し神経質になっていたようです」
ロザリオはそう言うと、謝罪するようにお辞儀をした。
「こちらこそ、驚かせてすみません。男の子って武器を見るとなんか手に取りたくなっちゃって……」
寺井はそう言って頭を掻く。途端になにか少年っぽい事を言っているような気がして、恥ずかしくなった。
寺井はほんの少し顔が熱いのを感じた。
ロザリオはそんな寺井の様子を見て、一気に警戒心を解いた様子だった。
「ここの剣はやっぱり触っちゃダメだったか?」
「いえいえ、構いません。どのみちもう使う者もいま――」
ロザリオはそこで唐突に言葉を途切れさせると、少し苦い顔をした。
「そう……ですね。ここにある剣達は使い手がいなくなってからもう随分経つ物達です。
そうですね二、三本くらいなら差し上げても構いませんよ。そちらの方が、彼女らも喜ぶでしょう。……もっとも、寺井様の元居た現世には持ち帰ることが出来ませんが」
と言った。
*
剣の柄を握り軽く持ち上げてみる。
しかし、その手応えはあまりに重く、少し振るえば腕が痛くなるほどのものばかりだ。
せっかくなので本物の剣で素振りでもしてみたいと思ったものの、この世界の住人向けに作られている剣は酷く重く、現役を退いてから数年も運動らしい運動をしていなかった寺井には到底扱えるものではなかった。
一般に『密度が高い物質ほど硬い』という事を考えてみれば当たり前のことではあるが、上等のものほど重く出来ているらしく、良いものを探そうとすればするほど重くて持てない物になっていった。
しかし、寺井は何となく諦めきれず、ロザリオが振り回す際は周囲に気を付けることを伝えて立ち去った後も、剣を物色していた。
ロザリオが言うには、業物の順番に並んでいるらしく、右に行くほど良いものらしい。
その言葉の通り、一番左の樽に突っ込んであるのはどれも練習用の木剣ばかりで、それもかなり使い古されたような傷が無数に付いており、無造作に放り込んであるといった印象なのに対し、左の方に立てかけられているものの中には、いかにも高級そうな装飾の袋に入れた状態で丁寧に立てかけられている。
寺井は、そんな武器の並びの、左右の端から丁度中間ほどの所で武器を漁っていた。
その時、かつんと掌の中に一本の剣の柄が倒れ込むように収まった。
寺井はそれを握りしめる。その握りは、他のどの剣よりも使い込まれ、『癖』が付いたような感触がした。
「これは……」
作品名:著作権フリー小説アレンジ 作家名:西中