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 シャーロットは寺井の真剣な眼差しに一瞬ひるんだように笑みを止めた。
「いや、そちらには優秀な宰相がいるようだ」
 シャーロットはやや苦い顔をしながら、観念したと言うように手を広げ、冗談めかしてそう言った。そして、指を組んで机の上に載せると、少々真面目さを増量させた顔で続けた。
「協力して欲しいんだ」
 シャーロットは率直にそう言った。必死さこそ感じられないものの、内心の焦りが僅かに滲んでいるようにも思えた。
 エヴァンスはシャーロットのその言葉をやや吟味するように間を開けて、
「……聞こう」
 と言った。
「五十年ほど前から改革派の淫魔達によって提案され続けている、『人界牧場計画』が採用される可能性があるにゃ」
「人界牧場計画?」
 寺井はなにか冷たいものが背筋を這うようなそら寒さを感じた。その名前は、語感から既になにか不気味で『良くないモノ』を孕んだ響きだ。
 ロザリオが、寺井のその呟きを聞き、説明する。
「現在、淫魔族の多くは、効率上の理由から、
人の夢を通じて精を奪う術式を構築して搾精を行っています。ほとんどの場合、寝ている間に、問答無用で吐精させて頂きますので、途中で目覚めてこちらに飛んでくるなんていうのは珍しいのですがね」
 そう言って、ちらりと隣に座る寺井を見た。その目には自らの魔術の腕に対する自信を喪失させられたことへの感情がいまだにあるようだった。
「しかし、五十年ほど前にさらなる高効率の方法として、人間界を丸々支配して仕舞えば良いんじゃないかという意見を言い出す者達が現れ始めました。それが彼女ら改革派の言う『人界牧場計画』です。具体的な方法までは定かではないのですが、人間の男は精子を吐き出すだけの機械、女は子を成すだけの機械にしてしまうつもりのようです」
 寺井はその不気味な内容に戦慄する。シャーロットもその内容にやや眉を顰ひそめている。
 寺井は、しかしながら、ショックから立ち直り、シャーロットに問う。
「つまり、シャーロットさんはその計画を否決させたい。そのためにエヴァンスさんに復帰して貰ってその見返りに『人界牧場計画』に反対するように言わせたい。そういう心づもりということなのですね?」
 シャーロットは、寺井の、歯に衣着せぬ物言いに一瞬たじろいだ。エヴァンスでさえ、少し意外そうな顔で寺井を見る。
 シャーロットは寺井の視線に射貫かれ、やれやれと首を振る。
「全く、とんだ肝の据わった人間だにゃ。……それとも鈍感なだけなのかにゃ? ――簡潔に、語弊を恐れずにごく簡潔に言うと……そう言うことだにゃ」
 シャーロットはそう言って寺井を見る。どこまでも凡庸そうなこの男は意外に芯が強いのかも知れない。シャーロットは心の中だけで寺井の評価を上方修正した。
「私が、それに反対する理由があるのか? 私は人間にこんな身体にされたんだぞ。それはお前も知っているだろう? トニトルス、頼む相手を間違えちゃいないか?」
 エヴァンスはふっと寺井から視線を外すと、そう呟いた。そして、テーブルに『手』を付くと、身を捩るように膝までの足で立ち上がり、傍らに置いていた電動車椅子に乗り移った。
「今日は少々話しすぎて疲れた。……帰れとは言わない。一応は恩人だからな。……明日また、話を聞こう」
 エヴァンスは心なしかそう柔らかく言い、電動車椅子を転回させ、部屋から出て行った。



------------------------- 第12部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
二十二、夢の想い人

【本文】
二十二、夢の想い人
(いつの間に、寝てしまったんだろう)
 エヴァンスはそう思いながら、奇妙な石畳の道に立っていた。
 それは石畳と呼んで良いのだろうか。まるで溶かした石を流し込んだように石の継ぎ目は無く、どこまでも伸びている。その奇妙さで、今いる場所が夢なのだと分かり、それから少しして、既視感が訪れる。
 そして、今いる場所が、時々見る悪夢の世界なのだということを思い出した。
 そして、エヴァンスは歩き出す。目的の場所は大きな屋敷だ。それは、子供たちを一箇所に集めて学ばせるための場所だった。
 多くの淫魔は『家』で教師を雇い、自らが所有するの屋敷の一室で『家』の未成熟な淫魔達を集めて世界の、ごく基礎的な理について学び、それ以降は図書館で学ぶのが一般的だった。
 そのためエヴァンスの常識に照らし合わせれば、家に関係なく広く子供を集めて学ばせるその屋敷は、やや奇妙なものだ。
 しかし、エヴァンスの脳裏にそんな違和感は無い。それは、夢特有の、『そういうものだということをあらかじめ識っている』状態だからというのが理由だった。
 やや時間が早いのか、エヴァンスの他に屋敷への道を歩く人はほとんど居なかった。
 エヴァンスは通い慣れた道からその屋敷の敷地に入ると、玄関を通り過ぎ、屋敷の裏手に回る。
 すると、かすかな風切り音と、床を踏み込む軽い音がした。
 エヴァンスは、その音がする一角にまで移動すると、そーっと身を潜めるようにしながら中の様子を覗う。
 そこには一人の男が長剣を模した棒を握り、素振りをしていた。
 エヴァンスは息を吐く。その息に込められた熱は、恋する乙女の体温だった。
 彼の素振りはいつ見ても綺麗だと思う。
 かつては達人の域に到達していたエヴァンスでさえ、そう思う。
 無駄な力が抜けており、振り下ろした先でぴたりと止まる。
 実戦剣術を基礎にした淫魔の剣術のような泥臭さは無く、何か深い精神性が垣間見える。
 戦いにおける強さではない、なにかそれとは違う強さ。それがそこからは滲み出ていた。
 唯ひたむきな想いの載った彼の動きは、それほどまでに美しかった。
 大きな音が響く。それは鐘の音だった。
 彼はその音を聞いてぴたりと動きを止め、大きく伸びをした。その瞬間、彼を包んでいた神秘的な雰囲気は周囲の空気に溶け込むように消え、年相応の男の子の雰囲気を纏う。
 彼はことりとその練習用の木剣を壁に立てかけ、振り向いた。

 そうだ、ここまで、いつもの夢の通りだ。

 そして、いつもの夢とは違うことが起こった。

(客、人?)
 エヴァンスは困惑する。
 想い人の顔。それはいつも目覚めれば記憶から消えてしまう。
 夢の中では彼の顔を見れば乙女のように時めくと言うのに、薄情なことにも目覚めれば忘れてしまう。
 そんな、一時の夢の想い人だったはずなのに。
(何故、客人がここに?)
 エヴァンスは困惑しながらも、まるで何かに操られるように寺井と同じ顔をした夢の想い人に笑顔を見せる。
 朝の練習、お疲れ様。そんな意味の言葉を掛けると、彼は、少々複雑そうな顔をした。誰かに見つかったことが少し恥ずかしい様子だった。

 *

 夢の中で、寺井は竹刀を握っていた。
 一瞬、何が起きたか分からなかったが、すぐに夢の中の経験を『思い出す』。

 一ヶ月前にあった剣道の大会で、西高のルーキーに敗れたのが悔しく、こうして朝早くに学校にやって来ては素振りの練習をしていたのだった。
 対峙したルーキーは、どうやら一年生らしく、それまで一度も大会で見たことの無い人物だった。
作品名:著作権フリー小説アレンジ 作家名:西中