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 緊張感のあるような無いような微妙な空気が流れる。そして、その空気を打ち破るように、ロザリオが言う。
「ええと、とりあえず、中に入りませんか? 玄関口で押し問答というのも端から見れば不格好ですし」
 その言葉に、エヴァンスはしばしシャーロットを睨んだ後、すっと視線を逸らし、電動車椅子を操作して踵を返した。シャーロットは自分の前にそっと手を出し、自分の前に拒絶を示す不可視の壁がないことを確認してからエヴァンスの後を追った。更に後を追うように、カテリナがちょこちょことその後ろを付いていく。しかし、
「ところで、その大荷物は何でしょう?」
 ロザリオは彼女を引き留めた。
「これはシャーロット様の旅の荷物です」
「そうですか。しかし突然やってきたあげく、そんな怪しげな荷物を確認なしで通すことは出来ません。中を検させて貰います」
 ロザリオがそう言ってカテリナに近付くと、カテリナはさっと飛び退り、右の掌から鎖を引き出し、それを威嚇するように回す。
「了承致いたしかねます。私はシャーロット様に『この中身は誰にも見せるな』と仰せつかっております。例えラピス家の側近の方でもそれは同じ事です」
「ラピス家と事構えるおつもりですか?」
 ロザリオの声から温度が消え、こちらも牽制するように右手で胸を覆うように防御し、左手を突き出した。
「こら、カテリナちゃん。喧嘩売らないの。荷物を検めるって言われてるんだから見せてあげてにゃ」
 いつの間にかカテリナの後ろに移動していたシャーロットはカテリナの襟首を掴む。
「……よろしいのですか?」
 カテリナは無表情だが、どこか躊躇うような調子でシャーロットに尋ねる。
「いいよ」
 シャーロットがそう言うと、カテリナはすっと目を瞑った。
「,―― CAtenA... AlchemiAs. mAgiA ,―― Liberatio...」
 唱えたと同時にギャルギャルギャルギャルと音を立て、カテリナの身体の中に鎖が引き戻される。
「はうっ! ……んっ! ああっ!」
 カテリナは頬を上気させ、まるで強引な責めに耐え、無理矢理絶頂に導かれるのを我慢するような喘ぎ声を上げた。
 寺井は耳を塞いだ。
「んんー?」
 シャーロットはその様子見めざとく気付き、すっと口元に意地悪そうな弧を描き、眼を細めた。しかし、ロザリオもまた、シャーロットのその様子に気付き、
「申し訳ありませんが、彼の精はお姉様が御予約されております。申し訳ありませんが、シャーロット様に献ずることは致しかねます」
 と釘を刺した。
「ちぇー。わかったよう。すごいおいしそうだったのに」
 と、シャーロットは唇を尖らせる。
 鎖同士が擦れ合う音が止み、カテリナはついに絶頂させられてしまった生娘のように全身を大きく痙攣させ、背筋を逸らせる。
「あっあっ!…………イッちゃ……んっ!」
 カテリナは自分の身体を抱き、ひくひくと震える。
「見ての通り、やましい物は何もないにゃ!」
 シャーロットは、そう言って鎖から解放された。品々を見るように手で指し示した。
 テレビ、漫画や小説などの雑多な本、アニメや映画のDVDとDVDレコーダー、ビデオゲームと家庭用ゲーム機らしき物、デスクトップパソコン、それに加えて、タンス、チェスト、ベッド、果ては大量のロボフィギュアまで、まるでアニメオタクな大学生の部屋の中身を一部屋丸ごと大移動してきたかのような荷物だった。その様子にはさすがのエヴァンスも驚きに目を見開いていた。
「ええと、なんですかこれは。旅の荷物というにはあまりに多すぎる……というか、部屋の中身を丸ごと持って来たような……」
 ロザリオはその混沌とした荷物の数々に思わず絶句しているようだった。しかし、どう考えても娯楽用品が多すぎる。
「というか、この世界にこんな電化製品があったんですね」
 寺井はそう言った。それにシャーロットはにやりと頬を吊り上げ笑う。
「本来は無いよ。魔界こっちと現世あっちを行き来できるのは人間みたいな魂を持った存在だけだし」
「じゃあ、何でこんな物が……」
 寺井は困惑した様にそう尋ねると、
「人間の技術者に協力して貰ってね。性的な報酬と三食昼寝付きで雇って開発して貰ったのにゃー」

「見たところ、おかしな物はありませんでした。それではお部屋に案内致しますので、もう一度、荷を包んでくださいませ」
 シャーロットの荷物を一通り見たらしいロザリオは、膝をついて息を整えているカテリナにそう言った。
「えっ! で、でもこれ以上は……」
「カテリナちゃんお願い」
 シャーロットはカテリナを覗き込み、上目遣いで頼み込む。
「う……」
 カテリナはそう言うとふらふらと立ち上がり、呪文を唱えた。
 小さな身体から弾けるように鎖が飛び出し、擦過音を立てながら荷物を梱包していく。
「ひゃあああああっ! ……だっ! ダメっ! 我慢でき…ない……!」
「あまり側近をいじめるものではないぞ」
 エヴァンスは闖入者二人が作る微妙に緩い空気に呆れたようにそう言った。
「いやね、かわいくてついついいじめたくなっちゃってにゃー」
 じゃらっと音を立て、彼女の小さな身体に全ての荷物が背負わされる。カテリナは堪えながら立っていた。それは荷物の重さのせいではなく、攻め苦である。。
「……はあ、はあ、シャーロット様は鬼畜でございますか? 幼い身体にこんな仕打ちをするなんて……」
 カテリナは顔を赤くし、肩で息をしながら荷物を背負った。
「それでは、お部屋に案内致します。そのお部屋の方に荷物を置いてください。その後、準備が出来ましたら食堂の方にお呼び致します。そこでお話を伺います。お姉様、よろしいですよね」
「……かまわない」
 エヴァンスはそう言うと、興味なさそうに電動車椅子を転回させて、館の中に戻っていく。その途中、寺井に近付き、
「客人、あまり雷の売女をとめに心を許すなよ。ああ見えて肉食獣の魂を宿している。……喰われるぞ」
 と、無表情のまま言った。寺井はエヴァンスのほうから話しかけてきたことに少し驚いて、彼女の表情を見ようとしたが、既に先に行っていた。
「それでは参りましょう。付いてきてください」
 ロザリオがそう言って、歩きだす。しかし、
「えっ? ちょ……」
 カテリナがそんな間抜けな声を出した。寺井が振り返ると、あまりの大荷物のために通路を通らず、纏めた荷物が引っかかっていた。
「通れないようですね。梱包のし直しをしていただけますか?」
「も、もういやああああ」
 カテリナは顔を真っ赤にして涙目になっていた。

------------------------- 第11部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
染み一つ無い純白のテーブルクロスが掛かった大きく、長い食卓に、エヴァンス、ロザリオ、寺井、そしてシャーロットとカテリナが座っていた。

【本文】
 寺井は何故ここに座らされているのか、恐ろしく疑問を感じたが、エヴァンスに「淫魔族自治領の仕組みを知っておくのも悪くないだろう」と言われ、同席することになった。
「それで、私に貴族会議に出席して貰いたいとは一体どういう事だ」
作品名:著作権フリー小説アレンジ 作家名:西中