著作権フリー小説アレンジ
「なになに、スペック晒せか……。ええと『10万204歳、♀メス、趣味はネットサーフィン』っと」
かんかんと戸をたたく音が響いた。
「はーい」
その返事を聞いて、ガチャンと大仰な音が鳴り、ドアのロックが解除される。開いたドアから、ワンピースの上から武装した女性が入ってくる。
「シャーロット様。一週間後に迫った五大貴族会議についてなのですが……」
そう言って、シャーロットと呼ばれた女性の後ろに立つ。
「わかってるにゃよ? まずはエヴァンスを説得するところから始めるにゃ。
「ては? そろそろ行く準備をなされた方が…」
「カテリナよ、我輩は今ネットサーフィンで忙しいのだ。エヴァンスのところに行くのは明日にゃ」
*
不意に何かの気配を感じて寺井は目を覚ました。なにか、ぴりぴりと空気に帯電しているような緊張感がある。何となく目覚めてしまったので窓の外を見ると、遠くの方から厚く黒い曇天がこちらに向かって押し寄せてきていた。
いや、おかしい。その速度が異常に速いのだ。
その時、小走りに廊下を駆けてくる音が聞こえてきて、寺井は振り返る。
素早く木の扉を敲く音が響いたかと思うと、半拍置いてロザリオが扉を開けた。トレードマークの修道服のような白と黒のワンピースを掻き乱しながら飛び込んできたロザリオは、一呼吸置くと、
「寺井様、大変です。何者かが結界内に侵入しました。私のそばを離れないでください。はやくこちらへ」
寺井はベッドから起き上がる。ロザリオが見せる必死な様子は、それだけで相当な出来事だと言うことが窺い知れた。
寺井は寝ぼけている頭を息を吸って無理矢理覚醒させながら、飛び起き、服を直しながらロザリオの元に駆け寄った。
「そばを離れないでくださいね。離れたら何に襲われるか分かりません」
ロザリオはそう言うと、寺井の手を取った。そのまま早足でロザリオは屋敷の中を歩く。そして一階のホールで、エヴァンスに出会った。
「おはよう、ロザリオ、それに、客人」
エヴァンスはそう言って、二人に挨拶する。
「お姉様、何者かが」
「気付いている。……そろそろ来るだろう」
エヴァンスが、そう言うと同時に、一階のホールに紫電が走った。鼓膜を直接引っ掻かれたような音と共に、それは現れた。
それは巨大なドラゴンだった。あまりに予想外の展開に寺井は呆然とする。
「久しいな、雷の売女(をとめ)。相変わらず、元気そうだな」
エヴァンスはそう言ったが、その口調には旧友との再会のような嬉しさは少なく、むしろ、困惑や怒り、相手の出方を覗うような気配が滲み出た声だった。心なしか、元気という部分に揶揄の響きがあった。
「そちらこそ。息災かにゃ? 石の売女(をとめ)」
そのドラゴンは体躯に似合わない高い声でそう言った。
十四、淫魔五大貴族
金色に光るドラゴンは、やや身を屈めているようで、やや窮屈そうにグルグルと唸る。上から見ると十字を描くような形になっている館の、南端。その昇降口付近は少し大きく作られており、床の面積は百人ほども寝られそうな大きさで、高さはこの館の最上階である四階まで吹き抜けになっていた。
それほど大きな一階ホールの天井に、ドラゴンの角は擦れそうになっていた。三人の前に立ちはだかったそのドラゴンは、まるで鱗のある壁のようだった。その鱗のある壁にはまるで封印されているかのように鎖がかけられていた。
「ロザリオさん……アレは一体……何者なんですか……」
寺井はおそるおそると言った様子で、ロザリオに尋ねた。しかし、ロザリオは緊張しているのか、その問いには答えない。
「ん? そこにいるのは人間……かにゃ?」
ドラゴンは寺井の方にぐっと首を伸ばしてくる。しかし、途中で何かに阻まれたように止まる。
「彼は我がラピス家の客人だ。手は出さないで貰おうか」
凛と透き通る声だった。エヴァンスはきゅるきゅると電動車椅子を操作してロザリオと寺井の前に、盾になるように進み出る。その目にはアメジストの輝きが宿っていた。
「もう、別に取って喰う訳じゃないにゃー」
巨躯とミスマッチな、少し口を尖らせたような声が響く。
「そんな姿で言われても説得力がないな。せめてその厳めしい姿を何とかしてはもらえないか?」
「はーい」
そんな叱られた小学四年生のような間延びした声で、返事をしたかと思うと、ドラゴンはその口から言葉を発した。
「,―― MAGIA. oblive. DoRaGainUsドラッゲィヌス. RE, mementus. homous.」
パッパッと閃光が走った。寺井は思わず目を逸らす。次の瞬間、雷鳴のような音がしたかと思うと、大量の煙が湧き出した。寺井は反射的にもう一度目を瞑ったが、その煙は何かを燃やしたときに出るようなものではなく、蒸気やドライアイスから出るそれのようなものらしく、目に染みることはなかった。
寺井はそれを確認し、おそるおそる目を開く。ドラゴンは姿を消していた。そして、びゅうと風が吹いて、煙が消えていくと、そこには二人の女性が居た。寺井よりも背の高い、すらっとした金髪の女性と、寺井の胸辺りまでしか身長がない、黒鉛のような髪を持った少女だった。少女は自分の身長の三倍立方ほどもある巨大な荷物を鎖で縛って背負っていた。
特に少女のほうは恐ろしいほどの大荷物を持っているにもかかわらず涼しい顔をしており、寺井は改めてこの世界が魔の者の世界なのだと認識した。
「あんたら、何者なんだ……」
「どうも初めましてにゃ、ラピス家の客人様。私は淫魔族自治領の北部、屹立の黒金の摩天より参った、天竜族の淫魔にして雷艇の化身。淫魔五大貴族が一人、雷の売女をとめ、Tonitrusトニトルス Charlotteシャーロットにゃ。彼女は側近のCatenaカテーナ Caterinaカテリナ。鍛冶妖精の淫魔にゃ」
そう言って、闖入者二人はぺこりと頭を下げる。それに釣られ、寺井も頭を下げる。
「それで、一体何をしに来たのだ。事前連絡も無しに勝手に他人の支配領地に入るなど、トニトルス家は礼節をどこかに落としてきたのか? 撃ち落とされても文句は言えないぞ」
エヴァンスは鋭い眼光で睨みながら静かにそう言った。その目は魔眼抜きでも見た者を硬直させるほどの怒気を孕んでいた。
「ですから言ったのです。知恵を借りる方法を間違えていると……」
カテリナはシャーロットにそう言うと、シャーロットはむすっとした顔をして拗ねた子供のよになる。。
「それで、お二方は何をしにいらっしゃったのでしょう?」
ロザリオが再度そう尋ねる。
「そうにゃ、この度は、六日後に迫った淫魔五大貴族の貴族会議への出席をお願いしに来たのにゃ」
「断る。帰れ」
エヴァンスはそう言うと、露骨に不機嫌そうな顔をする。
「にゃっ!? なんでにゃー!?」
シャーロットは驚いた顔をする。
「五月蠅うるさいな。行かないと言ったら行かないんだ。代わりにロザリオを向かわせる。文句はあるまい」
その声はいつもと同じ倦怠と諦めの響きを含んだ声だった。
「文句しかないにゃ!」
作品名:著作権フリー小説アレンジ 作家名:西中