小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

その後のこと

INDEX|4ページ/5ページ|

次のページ前のページ
 



 ナナエちゃんの唄ってという願いを断ったことを、俺は思った以上に気にしていたようだった。小さな子の願いを断ることに、こんなに罪悪感が生じるとは思わなかった。たぶん、明日歌さんと話している間も、そのことがずっと心中にわだかまっていたんだろう。そして帰り際にやっと、そのもやもやを解消する方法を、見つけたというわけだ。
 その時はまだ漠然と、ナナエちゃんの誕生日に唄ってあげようと思っただけだった。しかし帰る途中、古いアコギが部屋にあったことを思い出した。そうだ、あれでアコースティックライブをやろう。せいぜいできて5,6曲だろうが、それでも立派な誕生日プレゼントになるはずだ。この思いつきに気を良くした俺は、家に帰るとすかさずアコギを取り出した。そして、まず曲選びを始めたというわけだ。
 曲選び自体はそれほど難しくはなかった。シングルになった曲などのいわゆる人気曲、そこから数曲。あとは、個人的に思い入れのある曲をやはり数曲。そこから、いろいろな要素を加味して取捨選択をしていく。それだけで、あっという間に6曲まで絞れた。そこから練習をしていく。もちろん、夜中は迷惑なので、昼間の練習となる。バイトを探しに行ったと思った母は、また楽器を触りだした俺におかんむりだった。
「博明! またジャカジャカ始めて、一体なに考えてるの!」
近所の女の子に唄をプレゼントすると言ったって、どうせ信じやしないだろう。俺は黙ってせっせと弦をかき鳴らし、歌詞を覚えることに腐心した。

 ナナエちゃんの家を訪れてから3日目。
 面接を受けたスーパーから、無事採用の連絡が届いた。不信感を抱いてうるさく言っていた母親は、とりあえずこの連絡で沈黙した。

 バイト初日。俺は少し早めに家を出て、再びナナエちゃんの家を訪問する。そしてナナエちゃんに聞こえないよう、明日歌さんを玄関前に呼び出し、俺の企みを明かした。
「ナナエちゃんの誕生日に、プレゼントということで、アコギで数曲唄いたいんですが……」
明日歌さんの許しを得られるかどうか、これがこの計画の正念場だった。当たり前だがここで断られたら、計画は水泡に帰してしまう。まず最初に、お伺いを立ててからのほうが良かったかと後悔するが、今更どうしようもない。

 だが俺の懸念とは裏腹に、明日歌さんはあっさりOKを出してくれた。
「そんな、いいんですか? うれしい! きっとナナエも喜んでくれます」
明日歌さんは、俺の手を取って我がことのように喜んでくれる。そのあまりの喜びように、俺は申し訳なくて、つい自虐的なことを言ってしまう。
「トオルの声でも、レンのギターでもありませんが、精一杯やりますんで」
その言葉を、以前レンのファンだと言ったことへの嫌味だと思ったのか、明日歌さんは困った顔をする。こういう空気の読めないところが、現役の頃人気なかった理由なのかな、と俺は少しだけ思った。

 それから、ナナエちゃんの誕生日まで、バイトと練習に明け暮れる。慣れないバイトを深夜にこなすかたわら、昼間はギターをかき鳴らして声を張る。明日歌さんと連絡先を交換し、細かい調整や準備について話し合う。

 そして、ナナエちゃんの誕生日がやって来た。

「3,2、1……」
明日歌さんがナナエちゃんの両目を抑えているうちに、俺はそーっと椅子に座る。
「0!」
両目が自由になったナナエちゃんは、俺の姿を見て満面の笑みで喜んでくれた。
「あー、アキー、久しぶりー」
手を振るナナエちゃんに、少々照れて頭をかきながら、俺は二人に言った。

「こないだ、唄ってあげられなかったから、きょうはちゃんと唄います。Dark Sky」
曲選びのとき、真っ先に選んだのはこの曲だった。やはりこの前、期待に応えられず、唄えなかったということもあったから。それほど難しくもなかったし、アコギのアレンジもすんなりとできた。
だがキーが少々高く、演奏よりも歌の方で練習をするはめになった曲だった。ナナエちゃんは、開始10秒でノリノリだった。しかもナナエちゃんは、右手を口の前に持ってきて何やら振り付けをしている。それは、この曲を歌うときのトオルの動きそのままだった。確かこの曲はMVを制作したが、彼女はそれも見ていたんだろう。

「ありがとうございました。次は、Futureという曲です」
この曲はシローの曲だが、アクセントとして彼の曲は入れておきたいと最初から思っていた。シローの世界が全面に出ていて、うちのバンドの中でも変わった位置を占める曲でもあるし。だが、やはりシローの曲らしく構成が複雑で、その点では手を焼いた。ナナエちゃんは、椅子に座り直し、ケーキを食べながら聴いていた。お気に召さなかったんじゃなく、聞き惚れていた、そういうことだろう。

「3曲目。Love Song」
最後のシングル曲。この曲ができたころは、この手の歌詞しか書けないトオルに、心底嫌気がさしていた時期だった。レコーディングも、あまり気が乗らない中でやっていた記憶がある。だが演奏してみると、シンプルで歌いやすく、短時間でマスターできた良曲だった。まさか解散してから、この曲に感謝する日が来ようとは。ナナエちゃんは、この曲を知らなかったようで、目をまんまるにして聴いていた。俺のCD、もしあまっていたらあげてもいいかもしれない。

 正直、3曲で終わりにしようと思っていた。慣れないバイトと練習による疲労で、もう限界だったから。
「どうも、ありg」
ストラップを外すと、ナナエちゃんが叫びだした。
「アンコール! アンコール!」
どこで覚えたんだろう、と思いよく見ると、明日歌さんがにやにやしている。そうか、彼女の差し金か。ここまでされたら、止めるわけにはいかないな。
 俺は、アンコールに応えることにして、再びストラップを肩にかけた。
「アンコールありがとうございます。では、Side by Side」
音源化されている、数少ない俺の曲だった。だが、わがままだと言われようとも、一曲、自分の曲はストックに入れておきたかった。ナナエちゃんは、意外にもノリノリだった。歌詞もある程度知っていたようで、サビなどは口ずさんでいた。なんか、溜飲が下がったような気がした。

「アンコールもう1曲。Fatality」
誕生日の場にふさわしい曲ではない、それは分かっていた。この曲はレンがトオルと対立するあまり、自ら詞を書いた曲だ。タイトルも仰々しいが、歌詞もメタラーのレンらしい、物騒な内容になっている。だが、この曲だってうちのバンドの一側面であり、レンの思いが詰まった一曲だ、そう思って採用したのだった。ナナエちゃんは、サビの「Kill You」を連呼する箇所が気に入っているようで、飛び上がって歌っていた。情操的な意味でも、唄うべきではなかったかもしれない。

 この曲で、アンコールも終わりにすることにした。一応、6曲用意してきたので、もう一度アンコールが来ても対応できたが、2回目はなかった。


作品名:その後のこと 作家名:六色塔