その後のこと
5
ナナエちゃんへの誕生日プレゼントを渡すという大役を、何とか努め果せることができた。
ギターをかたわらにおいてぐったりする俺に、明日歌さんはケーキとジュースを渡してくれる。
「あ、ありがとうございます」
ケーキにぱくついて糖分補給をする俺に、明日歌さんは満面の笑顔で言ってくれる。
「アキさん、素敵でしたよ。現役の時と同じくらい、いや、それよりもずっとずっと、輝いてました」
それはずっとレンのほうばかり見ていたからじゃないかな、そう思ったが、今度ばかりは黙っておいた。
ところで、このライブの前に、俺はとあることをしておかなければならなかった。
実はうちのバンドの曲は、全員の共作名義になっている。なので、バンドの曲を演奏する場合、バンドメンバー全員の同意が必要なのだ。正直、ばれやしないだろうと思ったが、他でもないナナエちゃんの誕生日プレゼントだ。あとで面倒なことになるのは嫌なので、ちゃんと許可を取っておこうと思った。というわけで俺以外の3人、中には少々連絡を取りづらいメンバーもいたが、に演奏の許可をもらうために連絡を取り、ついでに近況を聞いておいたのだ。
まず初めに連絡を取ったのはシローだった。おおらかな彼がNOと言うとは思えなかったし、解散した時もそこまで仲が悪くなかったので、心理的にも連絡が取りやすかった。
案の定、彼はすんなり演奏を許可してくれた。今はなにをしているのか聞くと、もう音楽からは足を洗って、近所の居酒屋でキッチンの仕事をしているという。
「入ってすぐだけどさ、評価されててありがたい限りだよ」
何でも焼鳥の焼き加減が絶品のようで、シローが勤め出してから、このご時世なのに店の売上が3割上がったらしい。元々器用な男なんで、それほど心配はしていなかった。ドラムスティックを竹串に持ち替えたって、あいつはいい仕事をするに決まってる。
次に連絡を取ったのはレンだった。トオル憎しで共闘していた部分はあったが、最後まで解散を拒んでいたのはこのレンだ。解散を切り出した俺を、もしかしたら恨んでいる可能性もある。
ためらいながら連絡したが、電話越しの彼は何のわだかまりもないようだった。そして今、彼はなんと、ギター教室で講師をしているという。人と目を合わせられなかった頃の彼を知っているので、思わずちゃんとやれているのか聞いてしまう。すると、案外性に合っているようで、バイトの身分ながら生徒たちに一目置かれている、とうれしそうに話していた。今後は精力的に働いて、いずれは独立も視野に入れているという夢まで語ってくれた。
「後進を育てるってのも、悪くはないなって思ったよ」
誇らしげなレンの言葉を聞いて、俺も自分のことのようにうれしくなった。それならばと、俺は演奏の許可を得たついでに、今弾いてる曲のわからない部分を聞いてみる。すると、瞬時に的確な回答が帰ってきた。シローの難曲、Futureを演奏できたのは、このときのレンの指導によるところが大きかった。
最後は、トオルだった。作った曲をダメ出しされた上に、怒声をあびせられて。正直恨みはまだ忘れてはいない。あちらもそうだろう。作曲センスのないクズのおかげで、売れる機会を逃した、それぐらいに思っているに違いないのだ。
憂鬱な気分で連絡を取り、事務的に演奏の許可だけはもらう。それで通話を切ってしまおうかと思ったが、どうもトオルのやつ、だいぶ疲れているようだ。今までのことは少し脇に置き、どうしたのか聞いてみる。すると、意外な答えが帰ってきた。
「新しいバンドが、どうにも不自由でね」
トオルは重い声でそう言う。詳しく聞いてみると、新しく組んだバンドメンバーがみな個性的すぎて、自分の意見をなかなか通せないんだという。
「お前らがどんだけ好きにさせてくれてたのか、今更ながらよく分かったよ」
そう言ってトオルは、電話越しにうなだれる。ざまあみろという思いが半分、同情が半分の気持ちで俺はそれを聞いていた。もっとも、最後は、
「でも、最終的に俺はこのメンツで天下を取って、お前ら必ず後悔させてやるけどな!」
と相変わらずの口調だったが。
で、最後に俺はどうなったか。
相変わらず、深夜スーパーのバイトを続けている。そして、親にいつ実家を出ていくのかと急かされる日々なのも変わらない。こっちとしても、出ていきたいのはやまやまだ。だがそれには、先立つものが必要だ。バイトの身分では、しばらく先になることだろう。
ただ、変わったこともいくつかある。
「博明さん、次はいつ来れそうですか?」
「あさってはバイト休みなんで、来れると思います」
「パパ、またねー」
まあ、なんというか、俺と明日歌さんは、深い関係になった。明日歌さんが教えたのか、ナナエちゃんも俺への呼び方が変わった。本当にナナエちゃんのパパになってもいいのだが、まだまだバイトの身分なのでそうもいかない。でも、早いうちにちゃんと誠意を見せたい、そう考えている。
気づけば、バンドを解散したのが遠い昔のように思えてくる。まだまだ、第一歩を踏み出せたかどうかもわからないのに。
でも、その後のことは、思ったよりも悪いもんじゃない。俺はそう実感しながら、今日もバイトのために夜中に家を出た。
(了)