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その後のこと

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 アパートを引き払い、電車を乗り継いで地元に戻る。

 新幹線に乗れば、実家は2時間程度で帰れる距離だ。しかし、金のない俺は在来線に揺られる道を取り、背中や腰を痛めて帰る道をとった。状況としては、むざむざと尻尾を巻いて逃げ帰るわけだ、あまり楽しい旅路ではない。だが、その日はカラッと晴れた天気で、車窓からの眺めも心地よく、至極快適だった。
 家に着くと、母が無愛想な顔で迎えてくれる。ようやく地に足をつける気になったか、とでも言いたげな顔だ。俺はそんな母への挨拶もそこそこに、自分の部屋に入った。数日前に送ったたくさんのダンボールが、盛大に出迎え入れてくれる。俺は数時間かけて、もくもくとそのダンボールの中身を片付けた。
 時刻は昼を回ったところ。少しのんびりしたいが、そうもしていられない。俺はちゃぶ台の前に座り、第二の口に糊する手段を得るために、履歴書を書き始めた。今までも貧乏生活だったが、いい年して夢を諦めたこの状況で、これから先、豪奢な生活が待っているとは言い難いだろう。だがそれでも人は食っていかなきゃならない。夢を追ったことに後悔はないが、今の境遇を思うと少し泣きたくなる。母親が持ってきた昼食のチャーハンの油が、履歴書に飛んでしまわぬよう、細心の注意を払いながら俺は項目を埋め続けた。
「ちょっと、出かけてくるわ」
チャーハンの食器を流しで洗いながら俺は、母にそう告げる。
「いってらっしゃい。がんばってね」
母親は、割と明るい表情で俺を激励する。それもそうだ、一刻も早くバイト先を決めてもらって、できればアパートなり何なりを借りて一人で暮らしてほしいのだ。勝手に夢を追って出てったガキが、全てを諦めて実家に戻ってきて、寄生虫のごとく居座る、そんな展開は両親の人生設計には存在しないだろう。
 俺は複雑な気持ちで家を出て、駅前に行くためにバス停に向かって歩く。バス代も馬鹿にならないので、自転車はないかと聞いたが、母曰く、そんなものはないそうだ。しかし、こういうときに困るのは、かつての級友たちの存在だ。彼らの大半は、まっとうな生活をしていることだろう。中には、子を生み親になったものや、出世を果たしているものもいるかもしれない。そんな中で、俺は今、0からの出直しを強いられている。別に、「東京で成り上がってやる!」なんて啖呵を切って出ていったわけではないが、やはり今の境遇は、積極的に話したいものではない。俺はやってくるバスに注意深く乗り込み、見知った顔がいないかどうか確認する。平日の昼間のせいか、知っている人間はいないようだった。俺は安心して、最奥の席に座り込んだ。

 バイトのあてなんかなかった。ただ、駅前にさえ行けばどこかで募集をしているだろう、そんな軽い考えでバスに乗った。だが一つだけ、できることならば勤めたいと思っている場所があった。駅前の大通りを少し入ったところにある、ひっそりとやっている楽器屋。あそこで働きたい、なんとなくそう思っていた。バンドを解散してから、自分に何ができるかというのは常々考えていた。だが、驚くほど何にもない。勉強ができたわけでもない。ITに強いわけでもない。接客や介護などがうまいわけでもない。自分から音楽を取り去ったら、ないないづくしの自分がそこにいた。結局、自分には音楽しかない。そう考えたときに、楽器屋という選択肢が頭に思い浮かんだ。そうだ、駅前の通りに楽器屋が一軒あったはずだ、と。
 その楽器屋は、俺が初めてギターを買った店でもあった。最終的にはベースに落ち着いたが、俺も初めはギター志望だったのだ。ガキの頃の俺は、分不相応なお年玉を握りしめ、あの楽器屋へ足を踏み入れた。店を訪れたことは何度かあったが、楽器を買うときの気分は、冷やかしのそれとは全く違っていたことを覚えている。しこたま金を持っていったはずだが、俺に買えるギターは3種類しかなかった。俺はその3つを弾かせてもらって、なるべくしっくり来るやつを選ぶ。ちょうど、値段的に真ん中のものが気に入ってそれを買ったのだ。そのギターはいろいろあってもう処分してしまったが、いまでも良い思い出だ。

「お客さん、終点だよ」
楽器屋のことを考えていたら、突然運転手に声を掛けられる。気づくと、もう終点である駅前についていた。俺は運転手に謝り、慌ててバスを降りる。

 駅前に降り立ち、まず件の楽器屋へ行こうと歩き出す。ここからなら、歩いて5分もかからない。俺は歩きながら、楽器屋で働いている自分を思い浮かべる。値の張る楽器に囲まれて、常連さんたちと音楽談義に花を咲かし、ときにはかつての自分のような初めて楽器に触れる子に優しく教えてやるそんなバイト生活を思い描いて路地を進んでいく。さあ、そこの角を曲がれば、目的の店は見えてくる。はやる気持ちを抑えて角を曲がった瞬間、目に見えたのは車の群れだった。
「???」
思わず、狐につままれたような顔をしてしまう。何が起きたのかわからないまま、その場にいるおばちゃんに声を掛けてしまう。
「あの、この辺に楽器屋さんありませんでしたっけ?」
おばちゃんは、いぶかしげな顔をしつつも答えてくれる。
「ああ、そこにあったけど、数年前にご覧の通り、駐車場になったよ」
そりゃ、車の群れが見えてくるわけだ。俺はうつろな目でおばちゃんに礼を言い、とぼとぼと今来た道を帰るしかなかった。

 お目当ての楽器屋は跡形もなくなっていたが、落ちこんではいられない。できるだけ早く、バイトを決めなければならないという状況は変わっていないのだ。

 俺は駅近くのスーパーで、深夜のバイトを募集しているのを見つけ、持ってきた履歴書を提出する。たまたま店長の時間が空いており、運良くその場で面接も受けさせてもらう。意に沿わない仕事だし、まだ合否はわからないが、それでも希望の光が見えた。俺は楽器屋への未練のことなどなるべく考えぬように、努めていい方に考えるようにしていた。スーパーの他にも募集しているところはないかと、いろいろ探しているうちに、気がつくと日は傾き出していた。
「とりあえず1件、面接までしてもらえたし、きょうはもう上出来だろう」
俺はそう自分に言い聞かせるようにつぶやいて、帰りのバスに乗り込んだ。


作品名:その後のこと 作家名:六色塔