その後のこと
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バンドの解散が決まった。
解散のもっとも大きな理由、それはメンバーの不仲だった。特にメインコンポーザーのギターと、バンドのリーダーだったボーカルは、ここ最近一言も口を利かないような有様だった。それに、全くと言っていいほど売れなかった。苦労して曲や音源を作っても、一向に報われない。ライブの動員も横ばいどころか、大きな目で見ればジリ貧の一途をたどっていた。
他にも理由を上げていけばきりがない。熱意も演奏力も不足していたし、曲のバリエーションももう枯渇していた。それに、ミュージシャンという夢を追うには、年齢的にもそろそろ限界だった。燃え尽きたと言えばウソになるが、あと2年続けるのは厳しかっただろう。そんな状況での解散だった。
ボーカルのトオルは、とにかく上昇志向が強いだけの男だった。特別歌唱力があるわけでもなく、カリスマ性もありゃしないのに、いつかは満員の武道館でやるんだなんてうそぶき続けていた。そのくせ歌詞を書かせりゃ、甘ったるい恋愛詞しか書いてこない。曲に関しても、でかい口を利くくせに自分では一切作らない。恐らく、作ることができないんだろう。でも、他人の曲に口だけは遠慮なく出してくる。そんなやつだった。そして、俺を含む他の3人は、そんなトオルの呼びかけで集められたメンバーだった。今思えばこの時点で、バンドの運命は既に決していたのかもしれない。
ギターのレンは生粋のヘヴィメタ野郎で、加入前はギターを速く弾くことしか能のない男だった。このバンドを結成する前、彼を何回か対バンで見かけたが、いかつい出で立ちのくせに目だけは絶対に合わさなかったのをよく覚えている。そんな臆病な彼は、意外にも作曲の才能があったようで、バンド結成時に曲を持ち寄った際、素晴らしくかっこいい曲を数曲持ってきた。このときの功績が認められ、彼はバンドのメインコンポーザーとなる。もっとも、リーダーはトオルであり、レンは面倒ごとを任されただけだったに過ぎないが。だがそんな状況でも彼は懸命に曲を作り続け、メインコンポーザとしての役割を全うした。なのに、いや、そのせいで、と言ったほうがいいだろうか。次第に彼は、リーダーであるトオルと確執を深めていったのである。なにせ、ヘヴィメタルという荒々しいジャンルを愛する男の曲に、トオルのダダ甘い恋愛の歌詞が乗るのである。まあ、もちろんそれがピッタリと合い、名曲になることもあった。だがどうにもいびつな、お互いの魅力を殺し合ってるような曲が生まれることが大半だった。その辺はどうにか編曲でカバーしていたが、後ろの俺たちはやりきれない思いでいっぱいだった。それだけではない。作ってきた曲の生殺与奪は、ろくに音楽を知らないリーダー様が握っている。つまりトオルの好き嫌いで、世に出したら名曲になったであろう曲が、アルバムの片隅にも置かれず、ライブで1回も演奏されないような事態に陥ったのである。レンにはそれが耐えられなかった。あの、人と目も合わせられなかった気の弱い男が、己の生み出した曲たちの名誉のためにリーダーと対立するようになった。
実際レンは、不利な状況ながらよくトオルと戦った。慣れない作詞に挑戦して、トオルの歌詞を乗せないよう仕組んだり、セトリの空き部分になんとかアルバム未収録曲をねじ込もうとしたりと、バンドの後半、彼は常にトオルの呪縛から逃れようとしていた。だがそのせいで、二人は最終的に会話すらもしない間柄になっていた。
ドラムのシローはおおらかで気のいい男だった。ドラムの腕も確かで、そのおおらかな性格の通り、さわやかで気持ちのいいパワープレイを得意としていた。また、彼は音楽自体に対する造詣も深く、さまざまなジャンルの曲を聴き込んでいた。そのせいだろうか、作ってくる曲はどこか一捻りというか、妙味のあるところがあった。だがその曲を判定するのは、やはり音楽をそれほど解さない、あの男。トオルはシローの曲を、全く評価することはなかった。それどころか、駄曲(トオルにとっては)を作ってきた彼を、罵ることも日常茶飯だった。シロー自身はおおらかな男なので、罵られようが何をされようが、評価してくれないなら仕方ないという態度を終始取る。だが、彼の曲の価値を理解していたレンが、ここでトオルに反抗し、しばしばひどい言い争いになったもんだった。そのひどい言い争いに何回かレンが勝利したおかげで、シローの曲は数曲ほど音源化されている。そのどれも人気曲であり、特に業界人からの評価は高い。だが、唯一バンド内で権力を握っている人間だけが、彼の曲を評価していなかったのだった。
俺はアキという名で、ベースを担当していた。音楽的なルーツはこれと言ってないが、強いてあげれば80~90年代UKロックやシューゲイザーなどを好んで聴いていた。そんな俺が作った曲も、やはりトオルのお眼鏡にはほとんどかなわなかった。シローの曲ほど質は高くなかったが、それでもアルバムの片隅を彩る資格のある曲だと自負していたのだが。しかし、そう思っていた俺に、トオルは容赦なく怒声を浴びせてくる。そこでやはり、レンが間に入る。お決まりの言い争いが始まり、それが長時間に及ぶ。次第に俺は、曲を作るのが嫌になった。自分のせいでみにくい言い争いが始まることに、すっかり辟易してしまったのだ。皆で良いものを作ろうとして、必死になるのなら構わない、いくらでも付き合おう。だが、二人の言い争いはマウント合戦の感がある。バンド内の権力争いのために、自分の曲が使われている感があるのだ。俺はレン派につきながら、どこかそんなレンにもうんざりしていた。しかもそれだけ話し合いを重ねて曲を作っても、CDもチケットも全然売れやしない。練習にも次第に熱が入らなくなるし、いたずらに時も経っていく。
俺はこのバンドに所属して、初めての提案をした。それが解散だった。シローと、そして意外にもトオルは、俺のその提案にすぐさま賛成した。
シローは、俺と概ね同じ心持ちだったようだ。結果の出ないまま年を重ねていくよりは、今ここですっぱり止めたほうがいい。俺が言い出さなかったら、自分が解散を切り出していただろうとまで言っていた。
一方、トオルは逆の考え方だった。もうおまえらには愛想が尽きたから、メンバーを総入れ替えして今度こそ売れてやる。野心だけは旺盛な、トオルらしい考えだった。
意外にも強硬に反対したのがレンだった。このバンドにはまだ可能性がある、俺はまだ諦めていないの一点張り。だが俺とシローで時間をかけて説得し、どうにか承服させたのだった。
こうしてバンドの解散が決まり、俺は田舎に帰ることにしたのである。