光は空と地上に輝く(2)
そんなわけで、一冊目は私にとってとても思い入れの強い本だ。
結局読み終わるまでに三時間もかかった。そしてただ楽しんだだけだった。まぁ予想通りと言えば予想通りだ。
二冊目。小説家MIAのデビュー作。青春を描いた作品だった。
これも翔に貸し、たしか二日で返ってきた。翔にとって、読み終わるのにかかった日数が多いほどその小説は面白いらしい。まぁそれなりだったということだろう。
この本に思い入れがあるのは翔が理由ではない。それはむしろ私自身にある。その文体が、表現が、描写が、全てが私好みで、登場する男の子が小さい頃の翔と被るのだ。だから翔を勝手に重ね合わせて読んだ。「翔、勝手に登場させちゃってごめんね。もう一回勝手に使わせてね。」心の中で翔に謝った。また翔を登場人物に重ね合わせて読み進めると、翔とずっと一緒にいる気分になった。
二冊目まで読んで、私は本来の目的を忘れていたことに気づいた。これは翔じゃなくて流架のためのはずなのに、ただただ楽しんでいた。本以外の事を全て忘れ、かつて翔と白銀のベッドを走り回った時のように、楽しんでいた。
三冊目。本来の目的を思い出して、流架に関係ある本を選んだ。流架が一番気に入っていて、私も大切にして、そんな本だった。
「私たちに似てるよね」
「ほんとそれ!実は僕たち二人がモデルだったりして」
そう思うのも無理はなかった。心を閉ざしていた同級生と見ず知らずの男子の関係が次第に花開く、そんな内容だった。
私たちに似ていたから、ある日私たちは過去のインタビュー映像を二人で見てみたのだった。
「MIAさん。このふたりのモデルはいるんですよね?」
「はい。います。偶然図書館で会った人で、私が小説家になる前に会った人なんです。本の趣味が合って、それで仲良くなって。ある日お願いしたんです。小説に書かせてくれって。それがこの作品です。実はデビュー作もモデルがいるんですよ。」
「ではデビュー作も書かせてほしいとお願いしたのですか?」
「いいえ。デビュー作は弟の友達をモデルにして勝手に書きました。次の小説はその続編です」
全ての質問に優しい笑顔で答えていた。この人の小説をもっと読みたい!そう思った。
MIAという小説家の本を。
私と流架のことを描いているような本。読み進めると流架との日々が思い起こされた。初めて会った晴天の日、蕾が開いた日、開いた花が満開に咲き誇ったあの日、…流架に会いたくなった。
私は病院に向かっていた。太陽は雲で隠れては輝きを放ち、道はどこまでも続いていきそうで。「道のり」は長く感じられた。
流架の傍に面会時間ぎりぎりまでいて、流架を見て気持ちが強くなった。絶対に助ける。絶対に…。
家に帰ってからはもうほとんど記憶はない。一日に三冊も読んで疲れたせいだ。すぐに寝た。
~その日から一〇日後~
突然流れ出した音楽で目を覚ました。LINEが来た時に設定している音楽だった。それも仲のいい特定の友達にしかつけていない音楽だった。時計を見るとまだ八時だった。何とか目を開けて、とても細かったけれど、なんとか画面を見た。
翔 「おはよう!どう?進展あった?」
すごく迷惑だった。不機嫌にもなった。何せ成果はないのだから。それでただ一言。
香歩「ないよ」
翔とLINEできるのは嬉しいけど、はっきり言って迷惑だった。それなのにすぐに返信が来て曲が流れる。
翔 「なんか機嫌悪い?なんか悪いことしちゃった?あ、そういえば朝苦手だったっけ?ごめんごめん笑」
分かってるならLINEするな!そう思ったらもうすっかり目が覚めてしまった。目を覚まさせてくれてありがとうと思うことにした。するとすぐに次のメッセージが来た。
翔 「また夢を見たよ。」
夢という言葉を見ると心臓の音が大きくなる。手がかりはその夢にしか出てこない。LINEに目を凝らす。次のメッセージに期待した。
翔 「新しいヒントをくれたよ。」
翔 「ヒントは流架のものだって。でもそれは香歩の家にあるって。よくわからないけどとにかく伝えたからね。頑張って!」
さすがに流架の家に行くには早すぎる。私は先に四冊目を読むことにした。
四冊目。唯一私が流架から借りっぱなしの本。まだ途中だった。その本は一〇〇〇ページあって、さすがに全部は読みきれなかった。残り二五〇ページくらいを一時間ほどかけて読みきった。そして流架のお母さんに電話する。事情を話すと予想通りの反応だった。戸惑っていた。無理もない。とりあえず家に行けることにはなった。
流架の家に着くなり私は部屋に向かった。流架が「大切なもの」をしまっていると言っていた場所があったのを思い出した。
私たちの「桜」が満開になった次の日、私は流架の部屋に行っていた。もう何回目だろう。軽く一〇〇回は越えている。でもこの日は特別だった。私たちが新たな一歩を踏み出したばかりだから。ベッドに座っていた。
「ねぇ香歩、見てもらいたいものがあるんだ」
「何?気になる」
私はベッドから立ち上がってその場所に行った。そこは、私のよりも大きな本棚だった。
「この人覚えてる?」
そうして手渡されたのはあの小説家の遺作だった。その小説家のことは全て覚えていた。
「覚えてるよ。読みたい!」
「それなら貸してあげるから読んでみて!」
私は本を借りてそのまま流架のベッドの上に寝転んで読んだ。
クラスでは目立たない少女と、病気で余命宣告された人気者の男子が出てくる。最終的にその男の子は死んでしまうけれど、その少女に出会って『最初で最後の恋、楽しかったよ』と言って死んでしまう。そんな、切なくて泣ける小説だった。そして、私は読みいっていた。その文体が、
表現が、描写が、全てが私好み。デビュー作を読んだ時にもそう思った。
読み終わって流架に返そうと振り返ると、流架は寝てしまっていた。
「流架ー起きてー」
呼び掛けても起きない。私は自分の携帯を取って寝顔を撮った。くすぐっても、頬をつねっても、それでも起きなかった。
「香歩ー起きてー」
起きた流架に起こされた。私も寝てしまっていた。そんな記憶はないのだけれども…。本を返して帰った。
大好きな小説家に出会って、かわいい流架の寝顔写真を撮って、ほんとに最高の1日だったなあ。なんて思い出していた。
現実に戻った私はすぐさま本棚を見つめた。私よりも本が多い。どこから手をつけたらいいかわからなかった。
「ん?何だろう…」
しばらく見つめて気づいた。一冊分のスペースが空いているところがあった。それも二ヵ所。一つは借りっぱなしの本のスペース。それはすぐわかったのにもう一つの本は全くわからない。とりあえず他に何かないか探すことにしたけれどなにも見つからなかった。家に帰って続きを読むことにした。
五冊目、六冊目、七冊目、八冊目、九冊目、一〇冊目。二日かけて読んだ。じっくり読んだ。それでも流架と関係ありそうなものは何もなかった。
~その日から十二日後~
香歩「手伝ってほしいことがあるんだけど手伝ってくれない?」
作品名:光は空と地上に輝く(2) 作家名:MASA