引き篭りニートの親、VRゲームにハマる
プレイヤーキラーの仕事はとても簡単だった。初心者が集まる最初のダンジョンである。探せばプレイヤーは沢山いる。プレイヤーを見つけたらいい人の振りをして近寄り首を締めるか、タイマツで殴るか、防具で殴ればいいだけだ。
プレイヤー狩りしてゴーストに魂を捧げる。何度かそれを繰り返す内にゴーストとの信頼関係が造られていった。指示どうりにできるまで数日の時間を要した。
その間、ダンジョン探索もした。得られた宝は
装備品 魔法の防具
装備品 魔法のマント
装備品 魔法の服
装備品 魔法の紐(ロープ)
HP50%の回復剤2つ
魔法のマントは装着すると、自由自在に空を飛べる。ゴーストに体を支えて貰わなくても地上に安全に降りることができるアイテムだ。
魔法の服はタイマツの火を当てても燃えないことから、断熱効果が高いことが分かった。
魔法のロープは伸び縮みをする。こすると伸びていき、引っ張ると縮むので、プレイヤーの首を締めるには使えない。
覚えたスキルは
「プレイヤーを効率良く殺す技」
首を締めて殺すのは体力を多く使い、幾度か反撃も受けてしまう。
松明(たいまつ)は殴る効果は高く、炎の殺傷力も高いが、壊れやすいデメリットがあった。
武器として効果的なのは防具であり、フライパンのような硬さがあり、殴ると気絶させられる。
清十郎はこれから床下から地上へと向うつもりだ。ダンジョン内からは結局地上へのルートは見つからなかったから、このダンジョンは空に浮いている事になるのかもしれない。
地上の景色が時と共に変化してるのが確認できた。、大地が自転運動しているのか、あるいはダンジョンが地球と月の様な関係なのか判断はつかなかったが、それはこれから分かることなのかもしれない。
地上に降りる前にやるべきことは、パーティーを再度作ることだろうか。
ダンジョンで最初に出会ったプレイヤーに連絡をとる清十郎。しかし今日はログインしてないようで、音声メッセージを飛ばした。 音声メッセージは、プレイヤーの携帯電話と連動していて、リアルの世界の本人への電話に繋がり、応答がない場合、留守電に録音される。
たしかあの人のハンドルネームは……
「もしもし、清十郎です。地上に降りる方法がわかりましたので、またパーティー組んで冒険しましょう」
清十郎はあえて時間は指定しなかった。仕事で時間に追われる束縛生活なのにゲームの世界でも時間に束縛されるのはごめんだからだ。相手から時間指定してくるならまだしも、そのとき清十郎が暇してるとは限らないし、相手に気を使って都合を合わせようとするのも疲れるだけだ。過去、ネットゲームで人間関係の煩わしさを感じてドロップアウトした経験が、今の清十郎を作り上げている。だからこそ軽いノリのプレイヤーになったのかもしれない。清十郎は自己分析しつつ、物思いにふけった。
ふと、思ったのは、もしかすると息子が引きこもりになった理由も、人間関係の煩わしさから?主な理由になるだろうか?
かもしないが、そうだとしても……
清十郎が家にいる間、部屋から一歩も出てこない息子。清十郎が外出したとたん、部屋からでてきて、わめき散らすが、その奇行が納得できない。
何が息子を獣の様に変貌させているのか、清十郎自身にその原因があるのか、今の清十郎には、明確に出せる回答が見つからなかった。
専門家たちは、まるで全てを知っているかのような達観した態度をしていたが、その説明をされても理解はできなかったし、共感もできなかった。
清十郎はやはり息子が引きこもることを納得できないでいた。頭の中がもやもやして、ストレスが溜まってくる清十郎は、パーティーの到着を待つことなく、飛び立った。
清十郎は魔法のマントを羽織り、空へ舞う。飛び方は思考と連動していて、ゴーストに任せるよりも、遥かに効率的に空が飛べる。
ダンジョン内では最大スピードがどの程度出せるのか分からなかったので、加速していく。どこまでも加速する。
どこまでもどこまでも加速する。スピード限界がないのだろうか、海を超え、山を越え、砂漠の砂を巻き上げ、惑星を一周するまで10分も掛からない。惑星が小さいならまだしも、そのような感じはしなくて。体は重力の影響や大気の影響を受け付けない。風を切り裂くスピードでもドライアイにならないし、雨に濡れようが滝に打たれようが痒くも苦しくもない。あらゆる防御的抵抗力があるから、スピードに乗せて岩などを殴ろうものなら、豆腐を殴るようにバラバラにできる。山を殴ろうものなら粉砕して大爆発を起こす。海の中に飛び込んでも息をしながらスーパースピードで動ける。溶岩の中も平気で入れる。モンスターにタックルしようものなら突き抜けるか、遥かに彼方にふっとばせる。清十郎は開放的な気分に酔いしれる。
このマントの性能は早く飛ぶことに対応して、あらゆる支えの機能がある。たとえば速度に比例して動体視力の機能も向上していて超スピードで誤って鳥や山にぶつかることもない。スピードに合わせて反射神経、思考速度も向上していて、音速を越えたスピードに変幻自在に旋回しトリッキーに動き回ることができる。
清十郎はこの飛ぶ快感(スピード)に完全に惚れてしまった。ゲームの世界に飲み込まれてしまったといっていい。 一生このゲームの中で暮らしてもいい。清十郎は当初の目的を完全に見失っている。余りの興奮に我を忘れた清十郎だが、だからこそ気付けたことがあった。
これだけの幸福(スピード)を味わえるのなら、なぜ息子は人生をありがたがって、前向きに生きようとしないのか?
清十郎の稼ぎは多いとは言えない。今の生活を続けたら、貯金なんて増えやしない。私が死ねば息子の生活は破綻しかねない。残せる財産は家くらいだが、少子化で人口の少ない今の時代、家を売っても買い手はつかず、お金にはならない。
息子には
早く自立してもらわないと、ますます社会で奴隷のように扱われるだろう。息子が私よりも奴隷人生を歩むなんて考えたくない。
清十郎はスピードを手にいれてから、ますます息子の生き方に納得いかなくなってしまった。
しかしその納得できない感情は、今までとは違った。息子を思い通りにできないことへの不満や、息子が私をあざ笑い見下していることに、イライラを募らせストレスを溜め込む感情とは違う。
息子を理解できないことへの疑問
純粋に疑問のみが沸き上がる。今の清十郎は疑問を感じるだけであり、引きこもる息子に対する怒りは全くない。
誰か偉い人が言っていた。「幸福は分け与えるもの」だと。
幸福な人は不幸な人に対して手を差し伸べる。単なる説教じみた思想だと思っていたが、実際の意味は違うものなのだと清十郎は思った。
「人は幸福でないと、心に余裕が生まれず、手を差し延べることができない」
知らなかったわけじゃない。同じようなことを語った人間は、これまでにも沢山いたはずだ。
清十郎は確信する。
頭で理解するのと、心が悟るのは違う
その言葉も当たり前に聞いたことがあるが、今の清十郎にはどうでも良ことだった。
作品名:引き篭りニートの親、VRゲームにハマる 作家名:西中