引き篭りニートの親、VRゲームにハマる
「そうに違いない。罠の落とし穴なら、ゆっくりとは開かない筈だ」
清十郎は思った。飛び降りるのが正解だとしたら、息子もこの高さから、飛び降りた事になる。
そんな勇気が息子にあるとは思えない清十郎は、飛び降りるにしても、何かしら策があると考えた。
少なくともバラけて飛べばパーティーとは別れ別れになる可能性がある。
ここにいるプレイヤーたちも、一人でモンスターと戦うのが怖いからこそ、迷宮探索を放棄し、集まっていたのだろう。
モンスターと戦うにしろ、プレイヤー同士が共闘しあう事を求めあってるのが伺える。
皆が互いの顔色をうががいつつ、この状況を把握しようとしてるのは確かで、誰が先に発言権をとるかで付き合い方も自ずと決まるのだろうし、人見知りが激しい者は会話の群れから遠ざかって、引きこもるのだろう
皆とは距離をおいて、会話に参加してない老人キャラがいる。老人は集団をしばらくながめると
なにも語ることなく
いきなり、ひとり、ダイブしていった。
まるで水泳の飛び込み競技のようにダイブした爺さんは
凄まじいスピードで落下していき、雲の中に消えて行った。
「なんだよ。あれどう見ても初心者の動きじゃないな」
一人のプレイヤーが言い出した
それに続くように
「だったら、飛び降りるので正解だな」言い出す者が現れ
10人程のパーティーを組んで手を繋いだ。どうやら飛び降りるつもりだ。
パーティーを作り上げた社交的な青年が清十郎を誘った。
「オッサンもメンバーに入るか?」
躊躇した清十郎は、一先ず断わることにした。老人が何も語らなかったことに不安を覚えたからだ。
「歳に見合わず腰抜けなんだな、おっさん」
一人で飛べない奴に腰抜け扱いされるとは、もしこの青年が自分の息子ならば、明らかに教育に失敗したといえるかもしれない。清十郎は皮肉の気持ちを抑えて、彼らが飛び降りるのを待った。
彼らが飛び降りるのを見届けた清十郎は
いったんログアウトした。仕事の休憩時間、あいまにプレイしているので切り替えないといけない。清十郎は仕事に忙しい人、ゲームへのまとまった時間は簡単にはとれない。
仕事を片付け。家に帰りテレビをつけ、ふと目をやると
「若者達が集団飛び降自殺をして意識不明になる」というニュース
清十郎は思った。以前から若者の自殺がやけに多いが、ゲーム内で出会った、あの失礼な若者のような奴なら、いくら死んでくれて構わないのだが……
食事中、清十郎はゲーム内での出来事を考えていた。
息子なら あの高さから飛び降りる度胸はない。だとすれば違うルートがあるのではないか? このゲームは実際に痛みを感じるわけで、危ないことをすれば、死ぬかと思うような痛みも経験するかもしれない。飛び降りるのが正解だったとしても、なんの作戦もなしに飛び降りて着地で瀕死になったりして、そのままモンスターに襲われるかもしれない。そこで死ねばまたやり直す羽目なるだろうし、無駄に痛い損である、
今夜、もう一度ログインするつもりだが、その前に何かしらの方法を考えなければ。
ゲームの攻略方法をネットで調べるのがいいのだろうが、なぜかそれはできない気がした。まだ序盤であるし、もし息子がヒントなしでクリアしていて自分ができてないとなる格好が悪い。清十郎は働いてない出来損ないの息子に対してゲームとはいえ、何かで敗北するのは親の威厳に関わると思ったのだ。
風呂からでると携帯が鳴った。緊急の仕事の要件だろう。
清十郎はカバンとゲームを持ち家から出ていった。
清十郎が仕事へ出ていった後、息子は部屋から出てきた。家の中をウロウロ徘徊し、階段を登り降りする。窓の外を見て父親が遠くに行ったのを確認すると、また同じことを繰り返した。
しばらくすると大人しくなり、静まり返った部屋で奇声を上げた。
その頃
清十郎は仕事中で作業場にて監督指揮をとっていた。重労働の工事現場であり、作業員の安全を管理しなければならなかった。ゲームをやれるような状況になく、ため息を漏らした。
仕事が一段落して、今日はもう寝てしまいたい清十郎だったが、ゲームの攻略に関して閃いたことがありログインすることに決めた。
清十郎の初期設定の職業はゴーストハンターだった。いままで、職業が意味するところは分からなかったのだが、何かしらの意味はあるのだろうと、仕事中に考えていた。敵を倒してレベルアップしてスキルを覚えるのか、それとも既に使えるスキルがあって、自分でやり方を見つけるのか。もし後者であれば、ダンジョンで秘密の部屋を見つけたときのような、驚きや感動の快楽が得られるかもしれない。
この頃の清十郎はゲームの最中は息子のことは完全に忘れていて没頭するようになっていた。
ログインした清十郎は正体がゴーストの自爆モンスターをタイマツを持ったまま追いかけ、壁際に追い詰めていた。
清十郎はゴーストにタイマツでの攻撃を加えずに語りかけた。
「もし人間の言葉がわかるなら返事をしてくれ、言葉を発することができないのであれば、私に触ってくれ」
目に見えない何かに触られた気がした清十郎は「持ち上げることはできるか?」
少しだけ浮かぶ。浮かんだ時間は凡そ3分ほどだった。
清十郎は思った。ゴーストを仲間にして床下を飛び降りることはできないだろうか。ゴーストが大人しく言う事を聞くのであれば、ゴーストの協力にて、安全に地上へ着地できるかもしれない。
しかしゴーストが裏切らない保証はない。もっとゴーストを支配できる方法はないだろうか?
清十郎はふとゴーストは何を食べて生きているのだろうかと疑問した。ゲームのプログラムだから実際に食べる訳ではないだろうが、このゲームのクオリティは高いから細かい設定まで決めてあるかもしれない。清十郎は見えないゴーストの行動を観察する為に、ゴーストに防具を取り付け、ゴーストの位置を把握できるようにした。
「見えない敵に警告する、これより、私は何もしないから、逃げてもいいぞ」
防具を装着したゴーストは清十郎から逃げていった。そのあとを追いかける。
しばらくすると、ゴーストはプレイヤー見つけ襲い始めた。
清十郎は思った。なぜゴーストは人を襲ってるのか。タイマツで返り討ちに合うかもしれないリスクを犯してまで襲うのは、何かしらの意味があるのか?
ゴーストはプレイヤーを攻撃し続けている。
奇しくも防具をまとったゴーストの体当たりは、攻撃力が増加しているようで、プレイヤーの痛がり具合は半端ない。プレイヤーは力尽きて倒れて、
すると、倒れたプレイヤーから魂の様なものが抜け出てゴーストに吸い込まれた。
ゴーストの食べ物は人の魂だった。ということ。つまりゴーストが人を襲う理由はあくまでも魂の食事にあり、それさえ提供することができれば……
清十郎に黒い心が芽生えた。ゴーストを操るには、プレイヤー狩りをして、魂を安定して供給すればいいということ。
清十郎はこの日からネトゲマナーではありえないキャラ、参加者殺しのキャラ(プレイヤーキラー)となったのである。
作品名:引き篭りニートの親、VRゲームにハマる 作家名:西中