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短編集75(過去作品)

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 美津子が絵を描きながら見つめていた先と、成田が見つめていた先は違うのかも知れない。距離感も色もまったく違うもののような気がしてならない。最初果てしなく遠い水平線を見ていたはずが、次第に手を伸ばせば届くほどの距離に近づいていたような気がしている。それだけ、海の景色が目に焼きついているのだろう。
「ピンポーン」
 呼び鈴がなった。玄関先に出てみると、そこにいるのは美津子だった。ニコニコと頬絵でいて、手に完成した絵を持っていた。
「すぐにでもあなたに見てもらいたくて……」
 そう言って微笑んでいる。きっと成田の顔は引きつっていただろう。
――似ている――
 いきなりやってくるシチュエーションは、あの時と同じである。だが、成田は視線に部屋に上げた。気持ちは冷静である。服の下の身体を知ったのがまるで昨日のことのように思い出されるからだ。
 美津子が開いて見せたその絵は、私が帰るまでに描いていた絵と少し違っていた。色がイメージとは違って暗く、美津子の言葉を思い出した。
「絵描きってうそつきなのよ」
 と……。
 そして、堤防の先に一人の女性が描かれている。そこに写っているのはまさしく前この部屋で私に抱かれた当時の彼女だった。
「やっぱり、絵描きってうそつきなんだね」
 という言葉を必死で飲み込んだ成田だったが、私の生活はそれからも変わることはなかった。
 しいて変わったといえば、留守電が入ることのなくなったことくらいであろうか……。

                (  完  )


作品名:短編集75(過去作品) 作家名:森本晃次