めいでんさんぶる 2.幽霊兎の葬送曲
「聖良ちゃんはいつからここに?」
「聖良は去年からここに来たの。家事なんかは前から出来たからこうしてメイドとして雇ってもらえて。佐遊御様はちょうど聖良の一年前かしら」
「へぇ。それじゃ少し前までは三井さんととめさん、……田井中さんも?」
「田井中様も私が来る前からいらっしゃったわ」
田井中さんって意外に先輩なんだ。その事実にクスリと笑えた。
それにしても三井さんにとめさんと田井中さんの三人体制で御主人様の身の周りのお世話は出来てもお屋敷の掃除なんてとても大変だったに違いない。
私は今の人数でも大変だと思っているけど昔に比べればこれでも多くなった方なのか。
「噂では先輩使用人が一斉に定年退職されて一気に人数が減ってしまったとか。御主人様も元から人が多いのはお好きではなかったみたいだからそれを機にあまり使用人を雇わなくなってしまったんですって」
「そうなんだ……」
「だから今回もメイド長が御主人様にお願いしてやっとの事で一人ここへ呼ぶことになったの」
聖良ちゃんが私を見て微笑む。
そう、その一人というのが私なんだよね。
三井さんがせっかく私を選んでくれたんだ。その期待に答えるためにももっと頑張らないといけないな。
私はここでもう一度奮起できた。
ふに
後ろからいきなり両頬を摘まれ、引っ張られる。
「うへ」
聖良ちゃんがなんとも言えない表情を向ける。
このお屋敷でこんな事をするのは一人しか心当たりはない。
「ほえはん、はらひへくらはい」
「このままで『学級文庫』って言ったら放してあげる」
後ろからイタズラ心全開の声がかかる。
学級文庫、……確か幼稚園だか小学校低学年の頃に流行ったような記憶があるけれど。
花も恥じらう高校生の乙女に何を言わせようとお考えですか!?
「早く言わないとずっとこの顔を聖良に晒し続けないといけないよ?」
「……ひおいれう」
私は仕方なく従う事にした。
「……がっひゅううんふぉ」
極力それっぽくない風に言うのがせめてもの抵抗だった。
「はい、お疲れさん」
ぱっと両頬を摘んでいる手を放される。
私は首をぐいっと後ろに向けると、
「酷いですよ、とめさん! 確か昨日初めて会った時もこんな感じでしたよね?」
「いやいや、ごめん。こっちに座っている人がいたらつい」
ネグリジェを着たとめさんが頭を掻きながら謝る。
これからは聖良ちゃんの方に座ろう。
「まぁ、これあげるから許してよ」
そう言ってある物を渡される。
「はい、聖良にもあげる」
「……頂きます」
二人の手の中には茶色の小瓶。昨日ももらった言わずと知れた栄養ドリンクだ。
「で、未来の新入りちゃんは聖良と何を話してたのかな?」
調理台に腰を降ろしてとめさんが聞く。
「その口ぶりだとどうも聞いてたみたいですね」
「メイド長がやっとの事で茉莉さんをここへ連れてきた、という話をしていました」
聖良ちゃんは律儀に答える。
「良い回答の聖良にはもう一本こいつを差し上げます!」
聖良ちゃんの前にもう一本茶色の小瓶が置かれる。
「その話ね。でもそれって実は違う見方をすると茉莉ちゃんが楽になれるんじゃないかな」
「え、どういう事です?」
「つまり、巴は即戦力のメイドが欲しくて茉莉ちゃんを連れてきたんでしょう? それならわざわざ不採用にしたりはしないでしょ」
「それは……そうかもしれませんけど。本当にそうでしょうか?」
「茉莉ちゃん、なんだか私を疑うね?」
だってあんな事やこんな事されてるんですから。少しはそんな気持ちも沸いてきますよ。
「あ、でも」
聖良ちゃんが気が付いたように呟く。
「夕食の後、とめ様が言ってましたよね、メイド長が茉莉さんの制服が出来たと言っていたって。普通は一週間だけの研修生の為にオーダーメイドの制服なんて作りませんし」
「聖良、良い所に気が付いたね」
メイドよりも探偵の方が向いてるかもね、と聖良ちゃんの前に三本目の茶色の小瓶をとめさんが置く。
一体、とめさんはネグリジェの中にどれだけ栄養ドリンクを隠し持っているんだろうか?
「つまり巴は茉莉ちゃんを怖がらせるために採用不採用云々を言っているだけなのよ」
「でも何故三井さんは私を怖がらせようとするんです?」
三井さんがドラマなんかでよく見る姑のように私をいじめて喜ぶ人ようには思えない。
「そりゃあ優等生の茉莉ちゃんには真面目に働いて欲しいからだよ。……ここだから言うけどね?」
声を潜めてとめさんは説明を始めた。
「羅門は御主人の機嫌取りと玩具だけで掃除なんかはなかなか手に付かないし、聖良も御主人に遊ばれるけど仕事はしてる。でも丁寧過ぎて数がこなせないでしょ?」
それに対して聖良ちゃんは申し訳ないとばかりに頬を赤く染めた。
「美珠々は学校に行くからあまり動けないし、よくドジやっちゃうから。そうなると茉莉ちゃんにはしっかり動いてもらわないといけないでしょ。ここで植え付けとかないと茉莉ちゃんが私達みたいになると恐れてるんだよ、巴は」
はぁ、なるほど。私はしっかり働くつもりだけれど、三井さんは確信がもてないものね。気持ちは分かる。
で、
「私達、ってとめさんは何か至らない点、もしくは三井さんの頭を悩ます事でもあるんですか?」
「……え? ぁ、あはは」
罰が悪そうに笑うとめさん。学校主席卒業のとめさんなら出来ない、というのはないと思うからきっと人には言えない何かがあるに違いない。例えば買い出しの途中に買い食いしてるとか、遊んでますとかそういうサボりだとかの類だろう。
「とめ様は何かあるんですか?」
聖良ちゃんが少し押しを入れて問う。
「あ、あっははあはあははは……、明日も早いから私は寝よう、っと」
ササッと厨房を出ていくとめさん。逃げられた。
「……そういえばとめ様はどうしてここにいらっしゃたのかしら?」
「……あれ、なんでかな?」
お風呂が空いた事を言いに来てくれたという事は後から気が付いた事だった。
今日は聖良ちゃんと浴場に向かう。
聖良ちゃんもとめさんと同じでマイシャンプーを持っていて寝間着と一緒に部屋から持ってきていた。
「聖良ちゃんもネグリジェ?」
「そうよ。だって初めてここへ来た時は皆ネグリジェだからそうしないといけないのかと思ってわざわざ注文して……」
それでそんなにレースの付いたネグリジェを? 聖良ちゃんの雰囲気からしてはなんだか予想の斜め上を行っている気がしなくもないんだけど……。
「御主人様が買って下さったの」
なるほどね。やっぱり御主人様のお気に入りだけある。
聖良ちゃんもそのレースのたくさん付いたネグリジェがお気に入りらしく、ぎゅっと抱き寄せた。
「"学校"ではネグリジェの人が多いのよね?」
「うん。三井さんやとめさんの福岡校では校則で決まっているらしいけど」
私が答えると聖良ちゃんは何かに気が付いたような顔をした。
「どうかしたの?」
「……あまり気にする事じゃないかもしれないけれど、茉莉さんはメイド長の事を"三井さん"と呼んでいるのね?」
「んー、そうだね……」
作品名:めいでんさんぶる 2.幽霊兎の葬送曲 作家名:えき