魔導姫譚ヴァルハラ
ケイと共にあるアカツキは自らの意志だけでは肉体を動かせないのだ。
拒否するケイの気持ちが上回れば、アカツキはこの場から動くことができない。
「俺様は戦う……戦うんだ……なにがあろうとも!」
一歩足が前に出た。
そして、また一歩、また一歩と進んでいく。
『なんのために戦うの……もう守る人なんていないのに』
「あんたは感じないのか、常に傍にいる彼女たちの魂を!」
――アカツキはこんな子だけれど、力を貸してあげてケイちゃん。
その声はアカツキには聞こえなかった。ケイの心にだけ聞こえたのだ。そう、ケイの心にいる者の声――紅華の声だった。
『アカツキは独りで戦ってたんじゃないんだね。あたしもみんなと一緒に戦わせて』
「行くぞケイ!」
『うん、アカツキ!』
今のケイは湧き上がる魂の奔流を感じていた。
アカツキの肉体はすでに限界だった。
しかし、その魂はみんなによって守られている。
一つの道しるべに向かって、成し遂げようとする意志。
アカツキは一筋の光となる。
その全身を輝かせ、夜の終わりを告げる光となる。
紅華がケイとアカツキと結びつけ、ケイが炎麗夜たちとアカツキを結びつけ、すべてが一つの輪となる。燦然と輝く夜明けの輪――太陽になるのだ。
花魁衣装がさらなる変形を魅せる!
それこそ魔導装甲機体の真の姿。
破壊神ヴィーは歓喜する。
「嗚呼ぁン、わたくしの研究の成果がついに、機体性能的には可能だった第三段階〈クリストス〉への変形が実現しようとしているのね。わたくしにはわかるわ、だってこんなにも子宮が疼くのですもの!」
大きく広がった花魁衣装は巨大な装甲となり、人型のシルエットを形作る。
まるでそれは全身を甲冑で守られた巨人。
荘厳たる不死鳥の翼を生やし、さらに背中には光輝を発する後光を備える。
兜からは直接毛が生えており、それはアカツキと同じ黄金の後光二重螺旋!
紅い魔装巨人――その名は自然とアカツキの頭に浮かんだ。
「行くぞ魔装姫神紅華(まそうきしんこうか)!」
胎内のようなコックピットに中で、アカツキが叫んだ。
全裸のアカツキは、その下半身を機体と融合させ埋もれている。両手は山なりの柔らかな操縦装置に置かれ、前方のモニターには外の画面が映し出されている。
『心で操縦するんだよ、わかってるアカツキ!』
「言われなくてもわかってる。ケイと俺様は一心同体なんだからな」
『そのセリフいってて恥ずかしくない?』
「うるさい、敵が来るぞ」
空が妖しく輝いた。
ルビー色のあの光は!
破壊神ヴァーは両手を広げ歓喜した。
「さあ、〈メギドの火〉よ!」
紅い光線が天から降り注いできた。
あれが墜ちてくる前にアカツキは決着をつけるつもりだった。
「彼女たちの魂の想いを……姫神華艶不死鳥乱舞斬(きしんかえんふしちょうらんぶぎ)り!」
巨大な炎の鳥になった魔装姫神紅華が破壊神ヴィーを呑み込んだ。
「アアアアァァァァァァン!」
甲高い妖女の声が鳴り響いた。
破壊神ヴィーに背を向けて立つ紅華の手には巨大な刀が握られていた。
「このわたくし……恐怖を与えるなんて……嗚呼ぁン、昇天するーっ!」
そして、刀を振り払うと同時に、破壊神ヴィーの顔が真っ二つに割れ炎上したのだ。
刹那、世界は紅い光に包まれた。
〈メギドの火〉がすべてを呑み込んだのだ。
目を覚ましたアカツキは辺りを見回した。
地面に横たわる裸体の女。会ったことのない女だが、見覚えはなぜかある。
洗い流された大地。
そこに破壊神の姿はもうない。
そして、魔装姫神紅華も見当たらなかった。
だが、そこには数え切れないほど多くの人々がいた。
大陸を埋め尽くす人々。
炎麗夜や仲間たちの姿、アカツキが狩って来た女たちの姿、そして見知らぬ男女たち。だれも生まれたままの姿で、この場に溢れかえっていたのだ。
この中でも飛び抜けて豊満な胸を持つ女性が、アカツキに優しく微笑みかけた。
「アカツキ……がんばったわね」
「紅華!」
子供のようにアカツキは紅華の胸に飛び込んだ。
紅華の肉体はすでに失われていたはず。ほかの者たちの肉体も同じ。なぜ彼らは復活したのか?
炎麗夜が寝起きのような顔をして、辺りを見回した。
「なんだい天国に来ちまったのかい?」
大地を走る亀裂から巨大な鳥の影が飛び出してきた。
気絶しているモーリアンとネヴァンを抱きかかえたのマッハ姿。彼女はなにも言わずこの場から飛び去った。だれもそのあとを追うことはない。追うこともないのだろう。
それを見た炎麗夜がつぶやく。
「どうやら天国じゃあなさそうだねえ。やつらは確実に地獄行きだからね」
ここは破壊神ヴィーとの戦いを繰り広げられた場所に間違いない。その傷痕も大地に残っている。
しかし、復活した彼らは自分たちになにが起こったのわかっていない。
ここにいるのは、巨乳狩りから続く戦い――破壊神ヴィーの糧となったすべての人々だった。
何千、何万、何百万という人々がここにはいたのだ。
上空から巨鳥の足にぶら下がって、やって来た一六歳くらいの少女。活発そうな短い髪を靡かせながら、少女はさきほどアカツキの近くにいて、すでに目を覚ましていた女に抱きついた。
「お母さん!」
「しゅう……いえ、今はつかさちゃんかしら?」
「愁斗でいいよ、お母さん。急いで非戦闘用の傀儡(くぐつ)で駆けつけたけど、なにがあったの?」
「すべて終わったのです。支配者を失った〈バベル〉は、新たな生命を生み出したのです。〈バベル〉は〈光の子〉の肉体を復活させるためのものではなく、私たちの肉体も再生させたのですよ。そう、火は生命のエレメンツ――〈メギドの火〉の膨大なエネルギーを使って、奇跡という名の化学反応を起こしたのです」
それを成し遂げたのは想いだ。
切っ掛けは偶然だとしても、奇跡は強い想いが引き寄せたのだ。
炎麗夜は三人娘との再会を喜んだが、その顔は少し晴れない。
「ケイのやつ、どこにいるんだい?」
この人の群れの中から探すのは、砂場で落とした砂金を探すようなもの。
炎麗夜たちのところへアカツキがやって来た。
「ケイは……もうこの世界にいない」
炎麗夜たちはケイを探そうと、走り出そうとした矢先だったが、その足を止めてアカツキの顔を見つめた。
「なぜなら、パートナーの俺様が言うんだ」
哀しそうな顔してうつむいたアカツキは背を向けた。
――その背中からは契約の刻印が消えていたのだ。
だが、炎麗夜はアカツキに掴みかかって訴えた。
「あんたも生きてたんだ、ケイも必ず生きてる! 乳友のおいらが言うんだ間違いないさ。あんたもさっさと捜しな!」
その後、ケイの捜索が行われたが、日が暮れても見つかることはなかった。
明くる日も、明くる日も、ケイは見つからない。
数日後になんでも屋に復帰したシキも捜索に加わったが、なんでも屋の力を持ってしてもケイは見つからなかった。
炎麗夜はニホン全国を駆け巡ったが、やはりケイは見つからなかった。
そして、炎麗夜は海外を目指した――。
その日の夜も彼女は寝る前に日記をつけていた。
あの時から、ずっと習慣になっていた。
作品名:魔導姫譚ヴァルハラ 作家名:秋月あきら(秋月瑛)