魔導姫譚ヴァルハラ
だが、その身体は後方からの鎖によって制止させられた。
「ボクがやる――傀儡士の最高秘術、この召喚(コール)を見るがいい!」
シキの手から輝線が奔った。それは妖糸(ようし)だった。妖糸が放たれた一瞬、エネルギーの奔流が視覚で捉えることができ、シキの四肢から伸びる幾本もの妖糸が見えた。
妖糸は空間に一筋の傷をつくった。その傷は唸り、空気を吸い込みながら広がり、空間に裂け目をつくる。
闇色の裂け目から悲鳴が聴こえる。泣き声が聴こえる。呻き声が聴こえる。どれも苦痛に満ちている。
裂け目の〈向う側〉から〈それ〉の咆吼が聞こえた。
世界を震撼させる咆吼は、得体の知れない黒い羽虫を呼び寄せ、それを一掃するかのごとく、裂け目から巨大な光線が放たれた。
光線は破壊神ヴィーを呑み込んだ。
しかし、無傷。
「今のは少し感じたわ」
まだ終わらない。裂け目の向こうから赤く巨大な手が飛び出し、破壊神ヴィーの全身を握りつぶそうとした。
グドボォン!
巨大な手が爆発して肉片が四散した。
耳にしただけ気が狂いそうな絶叫が木霊し、手を失った巨大な腕が裂け目の中に還っていく。
シキが地面に膝をついた。
「このボディでは……操り切れない」
糸が切れたように倒れそうになったシキに、さらなる追い打ちが!
破壊神の手にエネルギーが集まる。
「カマイタチ」
薙ぎ払われた手から風の刃が放たれ、シキの首を撥ね飛ばした。
血は出なかった。
転がったシキの頭部はアカツキの足下へ。
「このボディは義体だから心配ないでケイちゃん。でも本体へのダメージも大きくて、スペアの義体はもうない。あとは任せた……よ……アカツキとしっかりやってね」
その頭部は眼を開けたまま、もう口も聞けなくなった。
怒りに燃える炎麗夜が単身で破壊神ヴィーに殴りかかる。
その姿を見ながらも、アカツキは別の方向へと急いでいた。
地面に横たわる三人娘。まだ息はあるが、助かる見込みはなさそうだ。三人は朱い海に沈んでいた。
アカツキは颶鳴空の躰を起こし、その唇に接吻をした。
それはケイにも感じられた。温かいエネルギーがアカツキの躰に吸収されているのがわかる。
そして、颶鳴空は完全に息絶えた。
アカツキは急いで残りの二人とも接吻を交わし、その〈アニマ〉を自分の躰に取り入れたのだ。
「ごふっ」
アカツキの口から赤い塊が出た。
『だいじょぶ!?』
「案ずるな。肉体は衰弱しようとも、彼女たちと共に戦える」
刀を握り直したアカツキが炎麗夜を助けに翔た。
炎麗夜はすでに両拳の骨を粉砕させていたが、それでも構わず破壊神ヴィーを殴り続けていた。
「みんなの仇だッ、オララララララララッ!」
「炎麗夜退け!」
火炎渦巻く疾風突きを放ったアカツキ。
炎麗夜が躱したと同時に破壊神ヴィーの胸を貫いた。
人間であればそこにある心臓をひと突きにされて即死。
それはもはや人間を越えた存在であることの証明。
「突き刺すところが違うのではなくて? うふふふ、わたくしの子宮はずっと疼いて待っているのよ」
艶やかに笑った破壊神ヴィーは刀を胸に挿したまま、それを持つアカツキの腕を握って骨を粉砕させた。
「グ……アアアアッ!」
痛みに耐えながらアカツキは瞬時に刀を持ち替えた。
「くたばれ!」
『アカツキいったん引いて!』
「うるさい!」
渾身の込めたアカツキは、破壊神ヴィーの胸から腰まで切り開いた。
こんなにも重傷を負わされながら、破壊神ヴィーはアカツキの腕を再び握り、骨を粉砕させたのだ。
「アアアアッ!」
もはやこれで刀も握れぬ。
「嗚呼ぁン、人間の肉体とは儚く脆弱。だからこそ甚振り甲斐があるというもの。さあ、もっと嘆きなさい」
膝をついたアカツキの頭上を飛び越え、炎麗夜が破壊神ヴィーに怒りの跳び蹴りを喰らわせた。
「脆弱な人間の蹴りの味はどうだい!」
蹴りを喰らった破壊神ヴィーの上半身が地面に落ちた。先ほどのアカツキの一撃で、切り離される寸前で繋がっていた肉体が、炎麗夜の蹴りによって完全に分断されたのだ。
アカツキと炎麗夜は息も体力も尽きそうで、動くことができない。
目の前ではさらに重傷に見える破壊神ヴィー。だが、まだこの存在は妖しく艶やかで不気味な笑みを失っていないのだ。
「感じたわ、天に昇るほどイキそうになったわ。けど、まだイケない。破滅の流星」
天から星々が墜ちてくる。
世界全土に流星群が墜ちてきた。
人口が密集している町や村が次々と隕石によって破壊される。
ちっぽけなアカツキたちとの戦いは、戯れに過ぎなかったのだ。
この力こそ破壊神。
世界中から飛んできた光が破壊神ヴィーの躰に吸いこまれる。
離れていた上半身と下半身の傷口から触手が伸び、結合しようとしている。
世界中の人々を殺し、その〈アニマ〉を手に入れた破壊神ヴィーは、さらなる力を得て復活しようとしているのだ。
「再生なんてさせてたまるかッ!」
炎麗夜が最後の力を振り絞って破壊神ヴィーの躰に飛び乗った。結合しようとしている触手を引き裂き、どうにか食い止めようとするが間に合わない。
両腕を粉砕され、だらりと腕が地面に垂れているアカツキが立ち上がった。
「そいつの弱点は見切った。一族の炎で核ごと消滅させてやる!」
それを聞いて炎麗夜は破壊神ヴィーの躰を雁字搦めにした。
「絶対に外すんじゃあないよアカツキ!」
「そのまま押さえてろ」
「言われなくてもそうしてるさ!」
炎麗夜は命を捨てる覚悟だった。
それに気づいてしまったケイ。
『やめてアカツキ!』
「だれの命も無駄にはしない……地獄炎舞必中剣(じごくえんぶひっちゅうけん)!」
炎を使う一瞬、アカツキの肉体は活性化し、地面に落ちた刀を一時的に再生した腕で拾い、そのまま全身から炎を発しながら刀で突いた。
切っ先は炎麗夜の背中から腹を貫通し、さらに破壊神ヴィーの下腹部を突いた。
炎麗夜の捨て身――だが、破壊神ヴィーはまだ嗤うのだ。
「残念だったわね。気の迷いかしら、わたくしの深いところまで届かなかったわ」
破壊神ヴィーの巻き起こした爆風で、炎麗夜とアカツキの躰が吹き飛ばされた。
腹を押さえた炎麗夜が天を仰いだ。
「しくじりやがって……これだから男は……」
「俺様のせいじゃない、ケイが邪魔したんだ。貴様を巻き添えにすることを嫌がって」
「ケイか……なら仕方ない……ねえ……乳友だから」
炎麗夜の首がガクッと力を失った。まだ微かな息はあるが助からないだろう。
『あたし……』
「あんたがこの女の気持ちを無駄にしたんだ」
『だって、ほかに方法があったはずなのに、どうして……あたしのせいじゃない……あたしのせいじゃ』
「あんたのせいだ」
アカツキはそう冷たく言い放って、息絶えようとしている炎麗夜には優しい口づけをした。
肉体はその命を失い、炎麗夜はアカツキに宿った。
「戦うぞ」
『もう戦えない』
「うるさい。あんたの気持ちなんてどうでもいい。俺様の邪魔だけはするな」
『だってもうみんな……』
「うるさい!」
構わずアカツキは破壊神ヴィーに立ち向かおうとした。
だが、躰が一歩も動かない。
作品名:魔導姫譚ヴァルハラ 作家名:秋月あきら(秋月瑛)