魔導姫譚ヴァルハラ
〈バベル〉が分離して、独立していた無数の黒い箱が、再び積み木を積み上げるように形作っていく。
《不要な要素の排除と〈光の欠片〉の融合には、年単位の時間がかかる。女帝ヌルの意識が蘇り、その真の力を取り戻すまでには時間がかかるんだ。しかし、この〈バベル〉はすでに破壊神の力を得たのさ!》
最後まで積み上げられた黒い箱は、白く輝き巨大な女の顔になった。
巨大な塔から女へ。
シキがつぶやく。
「女帝ヌル――〈光の子〉の顔」
「そして、〈闇の子〉の顔でもあるわ」
突如として紅いベールに包まれた車椅子の女――マダム・ヴィーが現れた。
その傍らにはモーリアンが仕えている。
「別つとも、我らがバイブ・カハである限り、再び集う運命にあるのか」
しかし、目的は違う。
ネヴァンは復讐のために。
マッハは己の腹いせのために。
そして、モーリアンはマダム・ヴィーと共になにをする?
「敵は私が引きつけておきます。〈死の荒野〉!」
一瞬にしてフィールド内に閉じ込められた。
外にいるのはマダム・ヴィー、ヒビモスを操る風羅、そしてアカツキだけだった。
颶鳴空が蹄を立ててモーリアンに立ち向かう。
「借りを返すぞモーリアン!」
「望むところだ誇り高き騎士よ」
フィールド内で戦いがはじまり、外ではベヒモスがフィールドの壁に激突するが、まったく効果がないようだ。
《まるで風鈴のバリアと同じだ!》
舌を巻いた風羅。
アカツキはフィールド内のことなど構いはしない。
「火剣突(ひけんづ)き!」
〈バベル〉の眉間を刀で突く。
「ッ!」
刀が刺さらない!
刹那、〈バベル〉が放った覇気が輝く爆風となってアカツキを吹き飛ばした。
戦いの陰でマダム・ヴィーは計画を進めていた。
「〈ファルス〉合体」
マダム・ヴィーの肩から伸びる蠍の腕、臀部からは毒針のついた尾が生えた。
〈ムシャ〉化したマダム・ヴィーは、車椅子ごと空に飛び、空中で車椅子を捨てて〈バベル〉の頭上に飛び乗った。
そして、毒針を〈バベル〉の脳天に突き刺したのだ!
「〈寄生〉!」
マダム・ヴィーと〈デーモン〉スコーピオンの〈ムゲン〉が発動された。
嗚呼、マダム・ヴィーが溶けていく。
溶けて〈バベル〉に吸いこまれ、融合を果たそうとしているのだ。
《制御が……あれっ……なに……ザザッザザザザ》
ゼクスの声が途切れ、
《嗚呼ぁン絶倫……素晴らしいわ、この世の神に相応しい力だわ!》
半ば喘ぐようなマダム・ヴィーの声が聞こえてきた。
〈バベル〉の顔もいつしかベールに包まれていた。その先にある素顔は不明だ。けれど、もはやそれは〈バベル〉ではない。
破壊神ヴィー。
《さあ、踊りなさい。嘆きの大地!》
激震と共に大地を奔った巨大な亀裂。
逃げ遅れたヒビモスの下半身が呑み込まれた。このままでは風羅まで深い裂け目に落ちてしまう。
《ヒビモスから離脱――》
風羅の声が途切れ、ヒビモスは深い闇に呑み込まれていった。
炎麗夜は拳を握り締めた。
「だいじょぶさ、おいらはおいらの道でまた帰りを待ってるさ!」
決意を固めた拳で炎麗夜は、マッハに殴りかかった。
マッハはフィールドに閉じ込められ、〈バベル〉と戦うことができなくなり、モーリアン側に付いたのだ。
フィールドの外ではアカツキと破壊神ヴィーが対峙していた。
しかし、破壊神ヴィーにとって、アカツキはあまりに小さき存在。
眼中になどなかった。
《不条理な天罰!》
もの凄い音と共に巨大な雷がフィールドを破壊した。
モーリアンですら、もう仲間ではない。いや、マダム・ヴィーにとっては、はじめから仲間ですらなかったのだろう。
《清浄なる大洪水!》
破壊神ヴィーによって召喚された大洪水が大地を洗い流す。
あまりに一瞬のことで、空を飛べるモーリアンやマッハですら、津波に巻き込まれ大地の亀裂に呑み込まれてしまった。
空を飛べない炎麗夜やシキや風鈴、翼が傷ついていた颶鳴空は、為す術もなく同じ運命を辿った。
空高く舞い上がっていたアカツキだけが、ただ独り残ったのだ。
いや、アカツキはケイと共にある。
「行くぞケイ!」
『行くよアカツキ!』
アカツキの脳に直接響いたケイの声。
業火を宿した刀が薙ぎ払われる。
「ウアアアアアアアッ!」
アカツキの斬撃が破壊神ヴィーのベールに当たった。
ガギィィィィィィン!
甲高い衝突音。
破壊神が妖しく微笑んだ。
《その程度でわたくしを感じさせられると思って。心の叫びを見せなさい。宴はまだまだこれからよ》
ズォン!
衝撃波によってアカツキの躰が吹っ飛ばされた。
「くっ!」
『きゃっ!』
アカツキと合体しているケイにもダメージがある。
すぐに体勢を整えたアカツキが刀を握り直して切り込もうとした。
だが、破壊神ヴィーに異変が起きた!
変形する、再び黒い箱が動きながら変形している。
一つ一つの黒い箱が収縮して、つなぎ目もなく生物の形を成していく。
恐怖を通り越し、崇高なほどの威光。
荘厳の輝きを放つ六対の翼。
中性的な裸体と顔立ち。
造形の頂点を極めたその存在だったが、その者には片脚が無かった。
亀裂から這い上がってきたシキが戦慄く。
「〈光の子〉に間違いない……けど脚がない。あれはマダム・ヴィーなのか」
巨大なマダム・ヴィーの顔から、人の大きさになったその存在は、果たしてなにか?
それを象徴するのは、ルージュが描くあの艶笑。
「これがわたくしの完全体よ。〈バベル〉とは魂の器、つまり〈光の子〉の肉体再生装置でもあったのよ。けれどこの肉体を操るのこのわたくしだけれど、うふふふふふ」
破壊神マダム・ヴィー。
亀裂から生還したのはシキだけではなかった。傷一つ、泥一つしていない炎麗夜。
「あんたがだれかなんて知ったこっちゃあないんだよ。早い話がぶっ飛ばせばいいんだろう!」
猪突猛進!
「うおぉぉぉぉぉ、究極の美(アルティメットビューティー)!」
炎麗夜は破壊神ヴィーの顔面を殴った。それはなんの装飾もないストレートパンチだった。
眉間に拳を受けた破壊神ヴィーはびくともしない。
「貴女は美しさのなんたるかをわかっていないわ。美しいとはこの脚のようなことを言うのよ」
それはミロのヴィーナスにしかり、サモトラケのニケにしかり、無限と夢幻の想像によって補完される美。
無いはずの脚が大きく振られ、衝撃を受けた炎麗夜が大きく吹き飛ばされた。
炎麗夜がやられたと同時に三つの影が飛び出した。
槍による颶鳴空の正面からの攻撃。
「炎麗夜様によくも!」
姉妹は両側から鉤爪と手裏剣で攻撃を仕掛けた。
「この風羅ちゃんが相手だよ!」
「後方支援はわたしが!」
破壊神ヴィーは魔性の笑みを浮かべた。
「弱さは罪ね」
柔肉を貫いた破壊神ヴィーの腕。
颶鳴空と風羅が一瞬にして串刺しにされていた。
腕に二人をぶら下げたまま、破壊神ヴィーは颶鳴空の槍を奪い風鈴の腹を突き刺した。
炎麗夜の瞳から零れた熱い涙。
「よくも乳友をぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
頭に血を昇らせた炎麗夜が破壊神ヴィーに突進する。
作品名:魔導姫譚ヴァルハラ 作家名:秋月あきら(秋月瑛)