魔導姫譚ヴァルハラ
第18章 終末
沈黙する〈バベル〉。
陽が昇ると同時に戦車が大砲を撃ち、戦いが幕を開けた。
シキが調達してきた無人装甲戦闘車両の上に立つ炎麗夜。黄金の毛皮のマントを靡かせ、先陣を切った。
「喧嘩上等先手必勝!」
炎麗夜が〈バベル〉を力強く指差した。
再び大砲が撃たれる。
砲撃を浴びる〈バベル〉だが、その外壁には傷一つ付かない。
すでに〈ムシャ〉化しているシキが叫ぶ。
「姐さん無駄玉撃ちすぎだよ! 脆そうなところを狙って!」
「どこを狙えってのさ!」
「〈バベル〉がついに動き出した、眼だよあの開こうとしてる眼を狙って!」
沈黙していた〈バベル〉だったが、巨大な眼がゆっくりと開こうとしている。あの眼は光線を放った眼だ。
《ゼクスは就寝中です。私が相手をします。現在のあなた方が〈バベル〉を撃破できる確立は、1パーセント未満です》
〈バベル〉の眼が不気味に輝きを集めている。
戦車が咆える。
「撃てーっ!」
炎麗夜が勇ましく叫ぶと同時に、大砲が撃たれた。
だが、砲弾は一歩届かないッ!
〈バベル〉の眼が光線を放ち砲弾を呑み込んだ。そのまま戦車ごと炎麗夜を消し飛ばす気だ。
炎麗夜に投げかけられた叫び声が、だれの声かわからぬまま轟音に呑み込まれた。
激しい閃光が弾かれるように迸った。
果たして炎麗夜は生きているのか!?
炎麗夜は無傷だった!
戦車ごと炎麗夜を包み込んでいた謎のバリア。
猫耳の娘がそこに立っていた。
「風鈴!」
歓喜した炎麗夜の叫び。
炎麗夜を守ったのは風鈴のバリアだったのだ。
「ただいま戻りました炎麗夜さま。もちろん二人も」
空駆けるペガサスと合体した颶鳴空が、伸びはじめた〈バベル〉のプラグを槍で蹴散らす。
「炎麗夜様、あなたというひとは、いつもひとりでどこかに行ってしまわれるのですから、まったく」
「颶鳴空!」
さらに炎麗夜は歓喜した。
地響きが聞こえた。
大地を揺らしながら巨大な影が走ってくる――ベヒモスだ!
《風羅ただいま参上》
「風羅!」
炎麗夜のボルテージは最高潮に達した。
走ってきたベヒモスはそのまま〈バベル〉に突進した。
グォォォォォォォン!
巨塔が揺れた。大砲すら効かなかった〈バベル〉が、巨獣ベヒモスの一撃で激しく揺れたのだ。
《損傷ゼロ。戦力が増しても、まだ〈バベル〉を撃破できる確立は三パーセント未満です。無駄な抵抗は時間の無駄でしかありません――ッ!》
さらにベヒモスは強靱な下顎から伸びる長い犬歯で、〈バベル〉に噛み付いた!
鋭い牙は〈バベル〉の外壁を突き破ったのだ。
シキは微笑んだ。
「よかった彼女たちが間に合って」
つぶやいてシキは、武器となったプラグの群れに立ち向かっていった。
戦いが繰り広げられる中、まだ二人は動いていなかった。
真剣な眼差しでケイはアカツキを見つめた。
「あたしたちも早く戦おうアカツキ!」
「俺様に命令するな」
「いいから早く!」
「あと少し……氣は読んだ。〈ファルス〉合体!」
「ちょっいきなり!」
宙に浮かんだケイの服が弾け飛び、巨大な翼を広げるように両手を伸ばし、優しくアカツキの躰を後ろから抱きしめる。
自然とアカツキの服も滑り落ちるように脱げていた。
紅い布が躰に巻き付き、その白い肌を紅く彩っていく。
やがてそれは花魁衣装へ変貌する。
紅で飾った淫らな口元が艶やかに微笑む。
首筋は長く伸び、はだけた襟元から覗く鎖骨と肩。
背中で輝く妖しい骨の翼から、夢うつつな光球が零れ落ちる。
艶やかな黒髪が、湯気のように舞い上がりながら、燦然たる黄金に輝きはじめた。
その髪はまるで菩薩の後光か光背か、金色(こんじき)の輪を描いた髪がかんざしで飾られ、さらに炎が渦巻くような二重の螺旋が天に伸びた。
振り払われた刀に炎が宿る。
紅い瞳が〈バベル〉を見据えた。
「斬る!」
天翔るアカツキが〈バベル〉に向かった。
「飛天炎舞千手観音(ひてんえんぶせんじゅかんのん)!
残像を描いて見える幾つもの腕が〈バベル〉を斬って斬って斬りまくる!
〈バベル〉の外壁に次々と斬撃は刻まれていく。
《機体損傷。装甲を切り離します》
《アハト! ボクに代わるんだ、ゲームはボクのほうが上手い!》
《了解しました》
〈バベル〉の操縦者がアハトからゼクスに交代した。
《さあ、ここからはボクが相手だ。と言いたいところだケド、少々時間をもらいたい》
沈黙する〈バベル〉。
不気味な沈黙に先になにかがあることは間違いない。
ヒビモスが再び〈バベル〉に噛み付いた。
これを合図に総攻撃が開始された。
黙する〈バベル〉が再び動き出す前に片を付ける!
アカツキの刀が業火を噴き出した。
「喰らえ!」
「〈スペルプラス〉『な〜んちゃって』」
「灼熱地獄斬(しゃくねつじごくぎ)りな〜んちゃって!?」
必殺剣を魅せようしていたアカツキが、思わずバランスを崩して宙を斬った。
上空にいた颶鳴空がその影を地上に捉えた。
「バイブ・カハのネヴァンな〜んちゃって!」
自分の口をついて出た言葉に、颶鳴空は精神的なダメージを受けて、その隙を突かれ鞭のように撓るプラグに打たれた。
地面に叩きつけられた颶鳴空に槍のようなプラグが襲い掛かる。
その場に駆けつけた風鈴が叫ぶ。
「〈かばう〉な〜んちゃって!」
バリアが発動された次の瞬間に消えた。
「きゃあっ!」
風鈴の肩を貫いたプラグはそのまま、颶鳴空の下半身であるペガサスの翼を貫いた。
「ぐあっ!」
朱く彩られた戦場を見つめながら微笑むネヴァンの姿。
「〈スペルキャンセル〉、戦乱に乗じてアナタたちを殺しに来たわ。でも、一番殺したいのはア・カ・ツ・キ。〈スキルプラス〉『×××××』」
口や文字にしてはイケナイ言葉が設定された。
ネヴァンの〈ムゲン〉を知っている者は、口を開けず注意を喚起できない。だが、このままでは、だれかがおぞましい言葉を語尾に付けてしまう。
上空から赤毛の凶鳥が滑空してきた。
「この×××××――」
マッハの放ったフェザーアローがネヴァンの翼を撃ち抜き、〈ムシャ〉が強制解除されたネヴァンが紫の鳥と分離した。
「女がァッ!」
〈スペルプラス〉も強制解除されたと同時に、マッハは最後のひと言を叫んだ!
瀕死の重傷を負ったネヴァンはもう動くこともできない。
マッハはネヴァンを見下しあざ笑った。
「アカツキを殺るのはこのアタイだ」
敵がひとり減り、また敵がひとり増えた――と思われたが。
マッハがアカツキに顔を向けた。
「オマエとの勝負はまた今度だ! 今日は魔都エデンの飲み屋が全部潰れた弔いだ。アタイは狩りと酒がなによりも好きなんだ……こんなところでデカイ面して押っ勃ったんじゃねェ糞野郎!」
豪雨のように放たれたフェザーアロー!
怒りの羽根は〈バベル〉の外壁に次々と穴をあけた。
外壁が次々と崩れ落ちていくではないか!?
マッハの攻撃が大打撃となったのか?
否――黙していた〈バベル〉が次の段階へと進んだのだ。
外壁を落とした〈バベル〉が黒光りして、黒い箱の集合体となって宙に浮かんだ。
作品名:魔導姫譚ヴァルハラ 作家名:秋月あきら(秋月瑛)