魔導姫譚ヴァルハラ
第13章 叛逆の烽火
青空の下、壇上に設置されたスピーチ台の前に現れた都智治の姿。
「このようなエデンの郊外まで、報道陣や関係各社の皆々方、よく参ってくれた大義である」
都智治の背には白い謎の施設があった。煙突やドーム状の屋根も見えている。
「我が国の復興のシンボルであるエデンを中心に、近年の近隣都市や関東の復興は目覚ましく、それに伴い電力の消費が今後多く見込まれる。そして、今日そちたちに披露するのが、この政府エデン電力チバ第一魔導炉である」
歓声と拍手が巻き起こった。
そのスピーチを遠くから聞いていた車椅子の紅い女。
「これでまた都智治の株価が上がるわね。今の時代に求められているのは、夢を見させてくれる強い指導者。民衆は彼女に陶酔し、今や確固たる地位を築いたわ。民衆の目には、彼女が姉を越えたと映るでしょう。問題は……あの娘(こ)はとってもメンタルが弱いってことかしら」
マダム・ヴィーは横にいた盲目の女秘書に顔を向けた。
「あれの選定は終わったかしら?」
「終わりましたが、やはりエデンには居りませんでした」
「簡単に適合者が見つかるのなら、妹に継がせたりはしなかったわ。引き続き今度はエデンの外まで捜索範囲を広げましょう」
「畏まりました」
壇上ではまだ都智治がスピーチを続けている。
マダム・ヴィーは壇上に顔を向けていた。その表情が読み取れるのは口元のみ。ルージュは三日月を描くように妖しく微笑んでいた。
スピーチが終わり、施設内部の見学のために移動の準備が進められていたとき、遠くから甲高い破裂音が聞こえた。
集まった人々はどよめき怯えた。彼らがまず見たのは施設の方向だった。魔導炉で事故が起きたのではと危惧したのだ。
だれかが口々に叫ぶ。
「〈ノアインパクト〉の原発事後のようなことが起こるんじゃ!」
「魔導炉は安全なはずじゃないのか!」
さらに人々は慌てふためいた。
しかし、都智治は破裂音がしたと同時に駆け寄ってこようとしたSPを制止させ、冷静に笑顔を取り繕っていた。
「過去の記録では〈ノアインパクト〉の際、世界中で原因不明の原発事故が起きたとされている。現在のエデンの科学力を持ってすれば、原発を再建することは可能だが、三〇〇年以上経った今も〈原発の異形〉どもは種として生き残っている。ゆえに原発再建に反対する声は根強くある。代わってこの魔導炉は、クリーンかつ安全な施設である。事故など決して起こらないのだ!」
その言葉で人々の視線は都智治に向けられたが、またもどこかで破裂音が!
しかし、その方向は施設ではなかった。
会場の周辺に立っていた警備兵が撥ね上げられた。
暴走トラックのように姿を見せた黄金の巨大猪。跨る炎麗夜は超乳を揺らし、その後ろにはケイが乗っていた。
警備兵が叫ぶ。
「テロだーッ! 都智治をお守りしろ!」
すぐにSPが都智治を守ろうと、自分たちが壁となり、壇上から遠ざけようとした。
しかし、少女の躰からは想像もできない力で、都智治は巨漢のSPたちを吹っ飛ばしたのだ。
「キャハハハハハ、おっぱいおっぱいおっぱいおっぱい!」
狂いだした都智治。その眼は炎麗夜の揺れる超乳を凝視していた。
それでもSPは都智治を守ろうと――いや、取り押さえようとした。
しかし、少女ひとりに巨漢の男たちがことごとくやられていく。
その様子をマダム・ヴィーは遠くから眺めていた。
「本当にメンタルが弱い娘(こ)、大事な席で取り乱すなんて。この場から誰も逃がしては駄目よ、都智治の醜態を見られては政権に関わるわ。報道陣たち民間人も拘束して投獄してしまいなさい。刃向かう者は殺すのよ」
ルージュが不気味なまでに艶やかな微笑みを浮かべた。
命じられた秘書はすぐに無線で警備兵たちに連絡し、周辺に鉄壁の包囲網が物々しく張られた。
女記者が怯えながらその場から逃げようとする。
「あのテロリスト、ヒミカ病だわ。感染したら死んでしまう!」
次の瞬間、その女記者は脳漿を噴きながら倒れた。
それを見たほかの記者や関係各社の人々が一斉に逃げ出そうとした。
狂乱の宴を彩る朱い華が次々と咲いた。
マダム・ヴィーは自らの胸をまさぐり艶笑していた。
「ああっ、魔導炉の完成を祝う素敵なセレモニーになったわぁン!」
朱の絨毯が地面に敷かれた。
動かなくなった同僚の横で呆然としている若いカメラマン。逃げる意志、それどころか思考すら停止している彼も、次の瞬間には倒れていた。
この凄惨な舞台に耐えられず、ケイは炎麗夜に強く抱きつき目をつぶった。その変化に炎麗夜は気づいたようだ。
「だいじょぶかいケイ?」
「…………」
「やっぱり来なかったほうが……」
「独りでいるほうが気が狂いそうで、もうだれとも離れたくない。知ってる人の傍を片時も離れたくないんです。だからあたしは平気です」
ケイの震えは炎麗夜にも伝わっている。無理をしているのは明らかだった。
すでにこの場で立っている者は僅か。
白銀大狼フェンリルがシキの命令で警備兵を確実に仕留める。
「炎麗夜姐さん、周りの敵はボクが引き受けるから都智治を頼んだよ!」
シキの手から放たれた幾本もの鎖が警備兵を拘束する。
ついに都智治の前まで来た炎麗夜、フレイから下りてケイを見つめた。
「こいつが守ってくれるから、ここでじいっとしてんだよ」
「〈デーモン〉がなくても平気なんですか!」
「あんな餓鬼に本気出したら可哀想だろう。じゃ、行ってくるよ」
残されたケイは自分を責めた。
「足手まといになってる……」
小声でつぶやいた。
足手まといになることは予想できたはずだ。
それでもケイは炎麗夜の傍を離れて待つことができなかった。
シンから情報を聞いて絶望したケイにとって、炎麗夜は暗闇を照らす灯火だった。この光を失っては生きていけない。炎麗夜に出逢っていなければ、この世界でさらに過酷な運命が待ち受けていたことだろう。政府に捕まり――生きていなかったもしれない。
ケイはフレイの毛を握り締めた。炎麗夜は瞳に映る場所にいる。今からこの世の中を変えるために戦おうとしている。
狂った都智治。
「ひひひ……ふひゃひゃひゃひゃひゃひゃ……おっぱいめ、私にその禍々しいおっぱいを見せるな、見せるな見せるな消えてしまえ死んでしまえ失せろーッ!」
禍々しい邪気を放ちながら、都智治は酔いどれのような足つきで、ふらふらと炎麗夜に近付いてくる。
炎麗夜は拳を強く握った。
「巨乳狩りもヒミカ病も今の世の中糞っくれえさ。おっぱいおっぱいうるせえ貧乳の都智治さんもな!」
熱い拳が吠える。
強く握られた炎麗夜の拳は血を撒き散らしていた。
自らの拳を傷つけるほど強く握られた――想い!
強烈な一撃は都智治の顔面を抉った。
殴られた都智治は横を向いた。だが、首から下は微動だもしない!
悪寒がするほどの狂気。乱舞する都智治。
ガトリング砲のような連続した強烈なパンチが炎麗夜を襲った。
都智治は炎麗夜を殴りながら、嗤っている、涎れを垂らしながら嗤っている!
「おっぱいおっぱいおっぱいおっぱい!」
作品名:魔導姫譚ヴァルハラ 作家名:秋月あきら(秋月瑛)