魔導姫譚ヴァルハラ
急にマッハと紫の女――ネヴァンが睨み合いをはじめた。仲間同士でなぜ?
「アカツキを殺るのはアタイだ!」
「アンタまだ怪我も治ってないでしょう。また返り討ちにされるだけよ、黙って見てればいいわ(死に損ないのクセに)」
「オマエだってアカツキにやられたクセに!」
「なによ、あのときはちょっと油断しただけよ」
睨み合いを続ける二人の間に漆黒の女戦士が割って入る。
「どちらが先に狩れるか勝負すればいい。ほかは私がひとりで始末する」
「さすがモーリアンお姉様だわぁん」
ネヴァンが感心している間にマッハはアカツキに突撃していた。
それを見たネヴァンが般若の形相をした。
「この糞尼ァ!」
「早い者勝ちだ莫迦女っ!」
マッハはネヴァンをあざ笑い、遅れてネヴァンもアカツキに仕掛けた。
この出来事は炎麗夜たちにとっては好都合だ。敵が互いに潰し合い、こちらに向く敵の数が一人になってくれたのだ。
炎麗夜が叫ぶ。
「〈ヨーニ〉召喚!」
空間が歪み、その中から黄金の猪フレイが召喚された。
フレイに乗った炎麗夜がモーリアンに向かって突進する!
「行け、行け行け、イカしちまえ!」
猪突猛進してくる炎麗夜を迎え撃つモーリアンは、漆黒の剣を抜いて切っ先を前方に向け構えた。
炎麗夜は曲がることなく一直線にモーリアンに突撃しようとした。
「爆裂撃神(バーニングゴッドアタック)!」
さらに加速したフレイが金色(こんじき)のオーラに包まれた!
この衝撃を喰らえば人間など一溜まりもない。
しかし、切っ先はフレイの眉間に向けられたまま、モーリアンは微動だにしない。
衝撃は強ければ強いほど、その反動は凄まじい。
ついにフレイと漆黒の剣が激突した!
激しい衝撃波が巻き起こった。
まるで時間が止まったように、身動き一つしないフレイとモーリアン。
切っ先はフレイの眉間に当たって止まっていた。
力と力の均衡。
モーリアンは両手で柄を握り、全神経と力をそこに集中させている。
この勝負、炎麗夜に分があった。
「フレイの日緋色金(ヒヒイロカネ)は剣なんかじゃ貫けないよっ!」
自由の身であった炎麗夜がモーリアンに殴りかかった。
巨大猪に押しつぶされるか、それとも炎麗夜に殴られるか――殴られて力が弛めば同じこと。
ならば一矢報いて主人(リンガ)を伐つ!
モーリアンが剣を矢のように投げた。
刹那に響く鎖の音。
眼を剥きながらモーリアンは身体を大きく吹っ飛ばされた。
炎麗夜は無傷。
モーリアンの剣は絡め取られていた鎖から解放され、音を立てて床に落ちた。
鎖を鞭のように放ったのはシキだった。
「仕事は出航までだったんだけど、降り損なっちゃって。これはビール一杯の貸しね」
まだ炎麗夜には多くの仲間がいる。
上半身は人間、下半身は馬、まさにその姿ケンタウロス。しかしその馬は翼の生えたペガサスだった。
〈ムシャ〉化した颶鳴空が槍を構えて、宙から突き刺さんと襲い掛かる。
「輝速突き(シャイニングスピードピアス)!」
だが、その槍はモーリアンを貫くことなく、床を突いた。モーリアンはその翼で宙へ舞い上がって逃げたのだ。
ここの天井は高い。空中戦を繰り広げることも可能。だが、それに参加できる者は宙を飛べる者。
「任せたよ颶鳴空!」
炎麗夜は宙にいる颶鳴空に向かって手を振った。
颶鳴空とモーリアンの一騎打ちがはじまった。
一方、戦えない者たちの安全は、風鈴が確保していた。
「みなさん大丈夫です、この半透明のドームは一切の攻撃を無効にいたします!(これだけ巨大な〈かばう〉はどれくらい保つか……)」
風鈴はその場から一歩も動いていないが、大量の汗を滲ませている。そして彼女を中心に広がる半透明のドームが、女たちを包み込んでいた。おそらくバリアかなにかの能力だろう。
しかし、一つ問題が発生していた。
ドームを外から叩くケイの姿。
「ちょっと中入れてよ、このままじゃ死んじゃう!」
外に取り残されたのだ。
その声を微かに聞いて風鈴が大声を出す。
「ごめんなさい。一度この〈ムゲン〉を解くと、次に発動するまで時間がかかるので、解けません。どうかご無事で!」
「……えっ!」
見捨てられた。
ケイは慌てて辺りを見回した。
アカツキ、マッハとネヴァン、そして炎麗夜の仲間たちが三つ巴の戦いを繰り広げている。
空中では颶鳴空とモーリアンが激突している。
最後に目に入ったのは炎麗夜とシキだ。
「炎麗夜さん守ってくださぁ〜い!」
叫びながらケイは炎麗夜に駆け寄った。
しかし、同時に炎麗夜たちに向かっている者がいた。
「糞ォッ!(なにがジャンケンにしようだ毒女!)」
そう叫びながら向かってきたのはマッハだった。ネヴァンと狩りを競っていたが、その争いが互いの攻撃を邪魔して敵に押されてしまったため、やむなくジャンケンでアカツキと勝負する権利を奪い合ったのだ。
結果は憤怒しながら炎麗夜たちに襲い掛かる姿を見れば明らか。だが、マッハは自慢の音速移動ではなく、通常の速度で床を蹴り上げ走っていた。
マッハは走りながら、その翼から血を滴らせている。アカツキに斬られた傷がまだ塞がっていないのだ。
ケイのほうが先に炎麗夜の元に来たが、すぐにマッハも来そうだ。
誰かを守りながら戦うこととは困難を極める。
鎖を構えたシキがケイと炎麗夜を守るように立った。
「ケイちゃんのこと頼んだよ。〈ヨーニ〉召喚、〈ファルス〉合体!」
歪んだ空間から巨大な狼にいた魔獣が召喚され、その肉体が不気味に蠢き変化しながらシキの身体を包み込む。
その光景はおぞましく、まるで水ぶくれが全身を這っているように見える。
だが、それはやがて真の形を見せはじめる。
それはまるで毛の生えたライダスーツだった。
テンガロンハットをシキはケイに投げて預けた。
その頭には犬のような耳。尻からは蛮刀のような尻尾が生えていた。
「魔導装甲機体ダブル零式フェンリル!」
〈ムシャ〉化したシキがマッハを迎え撃つ。
「女の子にはレージングで十分さ!」
白銀の鎖がシキの手から放たれた。
同時にマッハの翼からフェザーアローが豪雨のように撃たれていた。
白銀の鎖レージングが生き物ように動き、フェザーアローを叩き落とす。
だが数が多い!
「さっきのは撤回――行けドローミ!」
黄金の鎖ドローミをもう片方の手から放ったシキ。
しかし、マッハの羽根は撃った次の瞬間から生え替わるものだった。
「死ね死ねミサイルだ、死ね死ねーッ!」
それは雨やミサイルなどという生やさしいものではない。マッハの撃った羽根は壁のごとく飛んできた。
「ごめん防ぎきれない姐さん!」
シキの叫びが木霊した。
二本の鎖の包囲網を越えた羽根が戦うことを知らないケイに!
「きゃっ!」
叫び声をあげたケイは眼を硬くつぶった。
作品名:魔導姫譚ヴァルハラ 作家名:秋月あきら(秋月瑛)