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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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魔導姫譚ヴァルハラ

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第6章 バイブ・カハ


 決行の夜。
 エクソダス――つまり大量の国外脱出をさせるため、準備や作戦は綿密にされていた。勢いさえあれば成功するものではないのだ。
 人目に付きにくい深夜の闇に隠れて行動する。
 大人数を一度に動かすわけにはいかず、チームに分けて順番に移動させる。まずは、その移動ルートを確保しなくてはならない。
 炎麗夜から離れないようにしていたケイは、いつの間にか最前線の戦闘チームに混ざってしまっていた。
 倉庫街の壁に背を付けながら、ケイは不安そうな瞳で炎麗夜を見た。
「あたし戦えないんですけど」
「おいらが守ってやるさ、絶対に離れるんじゃあないよ」
「死んでも離れません!」
「しっ、声が大きい」
「…………」
 口を結んだケイはしゅんとした。
 闇に中から足音もさせず、風鈴がやって来た。その身体は毛に包まれ、猫のような耳やしっぽが生えている。〈ムシャ〉化したのだ。
「見張りはみんな薬でぐっすり眠ってしまいましたわ。姉さんが〈ベヒモス〉を浮上させ次第、シキさんが連絡に来ます」
「問題は船員だね。浮上したら一気にカタを付けなきゃあ騒ぎになっちまう」
 と、炎麗夜は身を引き締めた。
 身を潜めながら静かに待つ。
 その時間はケイの緊張を高めた。
 静寂の中で、心臓の高鳴りだけでなく、もっと耳を研ぎ澄ませれば、汗の落ちる音さえも聞こえそうだった。
 昼の暑さが余韻を残し、深夜になっても蒸し暑い。
 緊張も相まってケイはのどがカラカラだった。口の中がどろりとしてしまう。
 ――三〇分が過ぎても音沙汰がない。
 後続にいる女たち不安がっているのが、ケイのところまで感じられた。
 ――一時間が過ぎた。
 じっと立っていたために、ケイの脚は痺れてきてしまった。
 それからしばらくして、何者かの影がこちらに忍び寄ってきた。
 警戒が高まる。
「おまたぁ〜っ!」
 大きな声を出したシキが、こちらに手を振ってきた。
 炎麗夜はムッとする。
「大声出すなアホ!」
 という炎麗夜も思わず大声だった。
 シキはニコニコ笑顔だ。
「だいじょぶだって、もうみんな寝てるし。もちろん船員もねっ」
 炎麗夜は少し不思議そうな顔をして、次の瞬間驚いた。
「船員も?」
 作戦では海中にいるべヒモスを浮上させて陸付けしたあと、一気に中に乗り込んで敵を制圧するはずだった。
「船員に寝てもらうのにちょっぴり時間がかかっちゃったんだ。なんでも屋シキのサービスだよ」
 シキの身体には傷一つなく、息を切らすような疲れた様子もない。炎麗夜の驚きは増した。
「たった二人で……船員は政府の精鋭が揃ってるってえ話だが?」
「大したことなかったよ、ボクひとりで十分だった。風羅ちゃんには自分の仕事だけやってもらったよ」
「信じてないわけじゃあないんだが……作戦はちょいと変わったけど、気を引き締めて行くよあんたたち」
 後ろの女たちに合図を送って、炎麗夜は先頭を切って走り出した。
 月光に照らされる女たち。今宵はまだ満月ではないが、女たちの胸はだれもが満月のように豊満だ。
 しばらく駆けると、港湾内に埠頭が見え、それと共に巨大な怪物の姿が見えてきた。
 まさにそれはシキの例えたとおり、河馬(かば)のようであり、海象(せいうち)のようであり、象のような異形の存在だった。
 乗り物とは決して思えない魔獣ベヒモスは、その口を大きく開きケイたちを待ち構えている。その巨大な口は一五〇度近く開き、長く尖った歯が数本生えている。特に下顎の犬歯は軽く五メートルはありそうだ。
 ケイはシキの腕をつかんで引っ張った。
「まさか口の中に入るんじゃないよね?」
「入るよ、あれ潜水艦だもん」
「…………」
 ケイの動揺に構わず炎麗夜は魔獣の口腔に突撃した。
 置いて行かれると思ったケイは慌ててあとを追う。
 口の中に足を踏み入れた瞬間、ケイの身体を悪寒が駆け巡った。
「キモッ!」
 泥沼に足を突っ込んだような感触。柔らかいだけでなく、少し粘つくのだ。
 これ以上中に進むのも躊躇われるが、ここにいるのも堪らない。炎麗夜はすでに奥に入ってしまったし、ケイは勇気を振り絞ってさらに中へと進んだ。
 瞳を丸くしたケイ。
 そこには驚きの光景が広がっていた。
 入り口は生物の口腔だったが、奥に進んでみるとそこは巨大な倉庫そのものだった。壁や床はどんな物質でできているかわからないが、無機質な印象を受け凹凸もない。かまぼこ型のワンルームが広がっていた。
 電灯はあとから取り付けられたらしく、配線がこちら側に見えている。
 その光が届く片隅に、鎖で縛られたプロテクターを付けた男たちが、気絶させられたいた。おそらく船員たちだろう。少し離れたところには、銃やサーベルなどの武器も山積みになっている。
 この船員たちを外に放り出す作業をすると共に、待機させていた仲間を少しずつ艦内に移動させる。さらに航海に必要な物資も運び入れた。
 問題も起こらず作戦は進められ、炎麗夜は少し眉をひそめた。
「まさかこんな簡単に事が運ぶなんてねえ(なにか起きなきゃあいいけど)」
 あまりに事がうまく運びすぎると、逆に不安が脳裏を掠めてしまう。人間の心理だ。
 艦内に設置されたスピーカーが震えた。
《総長! 全員乗り込み完了しました!》
 風羅の声だ。
「聞こえるかい風羅? 長居は無用、さっさと出航するよ!」
 炎麗夜は天井を見回しながら叫んだ。
《オッケーでーす。ハッチを閉めてベヒモス號(ごう)出航します、みんな準備して!》
 ケイは揺れに備えたが、出航は静かなもので、本当に走り出したのかわからないほどだった。
 しばらくすると女たちが歓喜しはじめた。
 無事にニホンの大地を離れることができた。まだこれから航海の日々が続くというのに、すでに外国に亡命できたかの喜びようだった。
 自然と宴がはじまった。
 酒が酌み交わされ、歌声がそこら中から聞こえてくる。脱ぎだして踊る者まで出てきた始末だ。
 開放的な雰囲気に包まれ、呑まれていく。
 だれもが気を弛ませ、盛り上がりが最高潮に達したとき、それは起こった!
 片隅に置かれていた木箱が内部からぶち破られ、紅い人影が飛び出してきたのだ。
 叫び声が上がった。
 宴の騒ぎで全員が気づくまでに時間を要し、波紋のように打ち砕かれた切望が広がっていった。
《敵襲ーッ! カラミティ・アカツキだ!》
 艦内に風羅の声が響き渡った。
 次の瞬間だった――ほかの木箱も次々とぶち破られ、三人の女が中から現れたのだ。
 〈赤毛のマッハ〉は舌打ちをした。
「なんでアタイら以外にもいるんだ……しかも変態野郎が」
 マッハと同じく翼を持ち、紫色の毛に包まれた全裸の妖女があとに続いた。
「ちょうどいいじゃな〜い。あの忌々しいアカツキの坊やも殺せるのよ」
 最後に言葉を発したのは、漆黒の翼で大きな風を起こし、漆黒の鎧に包まれた鴉のような女戦士だった。
「寝静まったところを一網打尽にする作戦も泡と化した」
 三人の凶鳥。
《バイブ・カハ三人衆まで、戦闘に備えて!》
 騒然とする艦内。
 多勢に無勢と言いたいところだが、炎麗夜側はほとんど一般人だった。武力で抵抗することもできず、巨乳狩りから逃げ続けてきた女たちなのだ。