粧説帝国銀行事件
菓子
「ホシはどこにいるんだろう。やっぱ温泉ですかね」
と天城が湯に浸かりながら言った。目白署近くの銭湯だ。外は2月の日が暮れて冷たい夜風が吹いてる時刻。
この相棒と今日も1日歩き通してなんの成果も無かった後だ。古橋が横で一緒に湯にひたりつつ「何言ってんだよお前」と返すと、
「だってよくあるパターンじゃないすか。人を殺して大金を掴んだやつは温泉に行く」
「みんなじゃねえだろ」
言ったが確かに多い話で、古橋も実例をいくつも知ってる。強盗殺人などやらかして金を手にした人間が考えるのはまず何か。
それは温泉に行くことだ。宿に泊まってお湯と料理を楽しみながら数日くつろいで過ごす。そうして新聞に眼を凝らし、自分の名前が容疑者として出なければもう大丈夫と考えて元の町に帰ってくる。
で、大抵は待ち構えてた警察の御用となるわけだ。この捜査では犯人が割れてないからそうならないが、
「温泉はいいですよねえ。特にこんな寒い季節は」
「マギちゃんが行きたいだけじゃねえのか」
「そうですけど、そんな仕事ができないもんでしょうかね。殺しの後でホシは温泉に行くんだから、こっちも毎度出張っていってアハハンと湯にひたるんですよ。それも混浴露天風呂だね」
「ふうん」
「おねえちゃんと一緒の風呂でわいわいやっているところに第二第三の殺しが起きる。デカの仕事がそんなだったらナナさんもいいと思いませんか」
「どうかな」
「ホシはどこにいるんでしょうね」
「いま温泉と言ったじゃねえか」
「そりゃもしかしての話ですよ。ナナさんはどこにいると思います?」
「知るか」と言った。「温泉ね」
案外ほんとにいるかもと思う。ホシは自分の考えでは、おかみさんに話したように闇商売でしくじって弐拾萬圓くらいの金を誰かに払わねばならなくなったやつだ。犯罪には基本的に素人で、だからやること全部が粗雑。
そんなやつなら温泉にいるってこともあるんじゃないか? トーシロだからそれがよくある行動パターンなのを知らず、自分ではいいアイデアのつもりでいて、まさか事件の犯人がこんなところにいるなんてお釈迦様でも気がつくめえ、なんてことを露天の風呂に浸かっていま考えている。
というのはありそうに思えた。しかし、
「おれはいちばんありそうなのは〈もう消されてる〉ってとこだと思うが」
「消されてる?」
「闇商売の相手にさ」と言った。天城にはおかみさんに話したのと同じ考えを聞かせてある。「拾捌萬を払って許してもらったけれど帝銀の犯人なのを知られちまって、ヤバいから殺しちゃおうというんで結局……」
喉を掻っ切る仕草をした。素人が闇商売に手を出した末路がそれというのはだから今の世の中で珍しくないのだ。この事件はそんなところがいちばんありそうな線と古橋は考えていた。
しかし、
「つまらねえなあ」と天城は言う。「やっぱり混浴露天風呂の方がいいと思いませんか」
「だからマギちゃんがやりたいだけだろ」
「湯けむり連続殺人で最後は銃撃戦だとか、崖の上で格闘して負けた方が真っ逆様とか」
「そんな仕事がしたいのか?」
「いや、やるのはナナさんですよ。おれは女の子を救けてね、『この菓子は毒入りですよ。危なかった。食べたら死んでいるところだ』なんてのが役目」
「そんな事件が起きたらいいよな」
「そう思うでしょう」
と言った。古橋は答えず湯をひっかけてやった。



