小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集74(過去作品)

INDEX|10ページ/23ページ|

次のページ前のページ
 

祖母の面影



                 祖母の面影


 目覚めはあまりよくなかった。しかし、目覚ましを掛けていたわけでもないのに、いつもとほとんど同じ時間に起きれるということは、まだ身体はしっかりしているのだろう。
 夕べまでのバタバタがまるでウソのよう、部屋に残る線香の匂いが、壁や襖に沁み込んでいるように感じる。
 障子が閉まった向こう側には縁側があり、そのさらに向こうには、雨戸が閉まっている。
今は誰もその雨戸を開ける者もなく、風が吹くと、バタバタ音を立てている。今日も風が強いようで、激しく打ちつける音がする。
――この音で目が覚めたのではなかろうか――
 夢を見ていたような気がする。
 どんな夢だったのか思い出そうとするが、寸前のところで思い出せない。きっと、夢から突然呼び戻されたような感じがしたからだろう。そんな時の夢は間違いなく覚えていない。しかも、思い出せそうで思い出せない中途半端な状態なのだ。
 やはり原因は風の音と思って間違いないだろう。昨日まではほとんど風など感じなかった。それだけ忙しかったのかも知れないが、忙しいなりに風くらい感じられそうだが、普通の忙しさとの違いが、そこにあるのだろう。
 私がこの部屋に寝るのは、子供の頃以来だった。
「勇作ちゃん、こっちにいらっしゃい」
 といって寝床を敷いてくれたのが祖母だった。
 自分の部屋を小さい頃から持っていた私だったが、祖母と一緒に寝ることだけは嫌ではなかった。両親と一緒に寝る時は、なぜか抵抗を感じたのに、誘われるままに入るこの部屋は、小さい頃から好きだったのだ。
 私の家は旧家の屋敷で、元々日本家屋の庭だった部分を増築して、洋風に改造したのが、私や両親の住んでいる建物だった。祖母だけは、頑として譲らず、昔からの日本家屋の方に引きこもっていた。
「こっちに来てくれればいいのにね」
 と母はいっていたが、それが本心だったかどうか分からない。子供の頃には何も疑うことなく信じていたが、大きくなるにつれ、嫁姑の問題というのが分かり始めると、以前から何となくぎこちないと思っていた二人の溝が、雰囲気的なものから、理屈として理解できるようにもなってきた。
――どうしてそう思うのか――
 までは分からないが、母にとって祖母が疎ましい存在であるということが私にも分かってきた。
 なぜなら、私自身、祖母を疎ましいと思うようになったからである。
 いつまでも子供扱いする祖母、母よりもその思いは強いようだ。表に出ることもなくなった祖母に対し、一日一日表で何かを吸収してくる私の方が、祖母についていけなくなっていた。
 祖母の方は、自分の意見や考えを押し通そうとする。しかし、柔軟性というものを毎日感じながら生活している思春期の私に、祖母の態度は「押し付け」以外の何ものでもなかった。
「おばあちゃんの言いたいことも分かるけど、僕には僕の考えがあるんだよ。好きにさせてくれよ」
 と切実な気持ちで訴えても、
「勇作ちゃんは、素直な子供だったのに、どうしちゃったんだい?」
 という言葉が返ってくるだけだった。しかもいつも判で押したような答えである。何を言ってもそれしか返ってこなければ、こちらも疲れやストレスが溜まるだけである。まるで豆腐の角で頭を打ったような気分である。
 祖母にとっての私は、いつまでも子供である。
「年を取れば、それだけ子供に戻っていくんだよ」
 友達にグチを零した時に、その友達は冷静に答えてくれた。時々いろいろなことを相談する友達なのだが、彼の意見はその時にもズッシリと心に残るが、しかもほとんどが的中し、間違いないのだ。小学校の時からの友達で、中学に入ってからの方が、彼の存在感を感じるようになった。
「俺は暗かったからな」
 と言うとおり、小学生時代はあまり存在感を感じたことがなかった。しかし中学に入り、何となく気になり始めると、どうしようもなく存在感の大きさを感じたのだ。集団で行動したり、友達がまわりにいないと不安になる年頃、そんな頃にいつも一人で、「我が道をいく」といった感じの彼の存在は、新鮮で、とてもクールに感じられたのだ。
 その彼の一言一言は、実に説得力がある。後から考えれば、
――当たり前のことだ――
 と思うこともあるのだが、当たり前のことをなかなか口にできないから、まわりに誤解が起こるのだ。思っていることをストレートに誤解なくいえることが大切なことなのか、彼を見ていれば、自ずと分かってくる。
 それが難しいのである。
 自分の行動を自分で解説しろと言われてもできるものではない。それと同じで、
――当たり前のことが分からないから、皆苦労するし、悩みもするのだ――
 ということを、彼が教えてくれたような気がする。
 祖母が疎ましいと思いながら、中学に入った頃から無視し始めた。かといって、両親を意識しているわけではなく、中途半端な大人になったような気分になっていたのだ。しかし、完全に無視はできなかったようで、無視を決め込もうとすると、余計に意識してしまうこともあった。
 疎ましいと思うのは、きっとそんな気持ちの表れだろう。少なくとも幼少の頃より、ずっと意識してきたのだ。そう簡単に無視などできるはずがない。
「勇作ちゃん」
 と、「ちゃん」付けで呼ばれるのも嫌だった。バカにされているとまで思っていた中学時代、きっと、母親から言われるよりも腹は立っていたかも知れない。
 さすがに母も「ちゃん」付けの回数は減ってきたが、それでもまだ言われる時がある。――いい加減にしてくれ――
 と、何度心の中で叫んだことだろう。
「あんたが可愛くて仕方がないんだよ」
 母にやめてほしいと言った時、そう答えた母だったが、どうやら私が祖母のことを言ったと勘違いしたのか、それとも自分がいまだに「ちゃん」付けしていることに意識がないのか、その言葉は完全に祖母に向けられた言葉である。
――あんたに言ったんだよ――
 小学生までの私なら、そう言ったかも知れない。しかし、中学に入ると、言葉数がめっきり減って、その分、考えて話すようになった。
 それも祖母の影響だろう。
 余計なことを話して相手に不快な思いをさせれば、墓穴を掘ることになる。
 要するに、切実に訴えようとしても、疎ましいと思われればそれまでだということを、祖母の話を聞いて私が感じたことだった。いわゆる「反面教師」というやつである。
 自分では、まだまだ子供だという気持ちでいたので、背伸びをしたい年頃だと自覚していたが、後から考えれば、結構クールに自分を意識していたようだ。そこまで考えているなど、それだけいつも頭はいろいろなことでフル回転していた。
 想像力は人一倍あったと思う。
 内容に関しては、その時々で違うのだろうが、中学時代に抱いていた感性が、そのまま壊れることなく大人になった今でも、私の中に燻ぶっている。それを感じるのは、実家に帰ってきて、祖母が住んでいたこの日本家屋に入った時だろう。
 高校を卒業すると、大学に進学した私は、一人暮らしを始めた。最初こそ祖母も両親も、
「心配だ」
 と、顔を見るたびに、心配してくれているのが分かるので辛かったが、かといって進学を諦めるなど愚の骨頂である。
作品名:短編集74(過去作品) 作家名:森本晃次