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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Ivy

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「ゲームセンターで怪我をさせた相手の家に、盗んだ電球を置きましたか? 僕も、可奈さんの生活を邪魔したくないし、会いたいとは思ってません。でも、当時のことを少しでも思い出すには、自分の知ってる人間から辿っていくしかないんです。犯人が逃げ場を失くすまで」
 圭人はしばらくコーヒーカップに視線を落としていたが、小さく息をついた。
「養子やって話はしましたよね? 可奈は五歳の時に、うちに来ました。父は、孤児院の院長と知り合いでね。天才がいるという話を聞いて、会いに行った。僕は小学校低学年でしたが、まあ平凡で取り柄がなかった。父が可奈を引き取ったのは、両親を失った子供を育てたかったからじゃなくて、白樺家の人間として、天才を輩出したかったからです」
 新田は、部屋の温度が数度下がったように感じて、肩をすくめた。どんな家にも、その家特有の事情がある。しかし、これはあんまりだ。可奈は努力家だった。子供にはあまりいない、言われる前に全て片付けるタイプで、何事にも嫌々やっているという態度を見せなかった。
「そういう、取り決めやったんですか?」
 その言葉に、圭人はうなずきながら顔を歪めた。
「いい言葉ですね。その通りです」
 記憶に残っている、エネルギーを全て答案用紙にぶつけているような、真剣な眼差しの可奈。あれが人から向けられた『天才』という期待に対する答えなのだとしたら。新田は言った。
「冬休みやったと思いますが。受験に向けて、少し成績が伸び悩んだ時期がありましたね」
 圭人は我が身に起きたことのように、唇を噛んだ。それが最も忌まわしい思い出であるように、少し声のトーンを下げて言った。
「新田さん。返すって言葉を聞いて、何を思い浮かべますか?」
「ビデオとか?」
 そう言った時、可奈から同じ言葉を聞いたことを、新田は思い出した。あの日、可奈は事あるごとに浮気と連呼していて、特に話が弾んで随分と笑ったのを覚えている。あの時も、可奈にもその意味を訊かれて、ビデオと答えた覚えがあった。圭人は言った。
「人のことです。人を、元の場所に返す。ビデオと同じです。巻き戻しはできませんが。可奈は、プレッシャーに強かった。ぎりぎりまで粘るタイプでした。でも、折れる時は折れる。事件の取材をしてる時に、被害者は麻薬の売人って記事が、あちこちに出てたでしょう」
 新田は、ほとんど刻印のように刻まれた記憶に触れた。
「ポケットに、空っぽのパケが入ってたらしいですね。Qって書かれてて、それがなんかの暗号やろうと言われてました」
 圭人は、聞き飽きたように何度も小さくうなずきながら、二階を指差した。
「僕が入れました。あれは、可奈の部屋にあったやつです」
 新田は、思わず圭人の指に釣られて、何もない天井を見上げた。
「可奈は、一度折れたんです。どうにかして、薬をタダで分けてくれる売人を見つけた。いつも、授業の時はテンション高かったでしょ」
 それ以外の可奈を知らない。新田は呆然として、完全に部屋の温度と同化したコーヒーカップに触れた。何かに触っていないと、足先からも現実感が消えて、床に倒れるのではないかという気がした。
「父は薬の専門家ですから、すぐに気づいた。そこで、さっきの言葉です。返すってのは、酷い言葉でしょ。麻薬の売人も、うちの家も、みんなで可奈を痛めつけてきた。で、役に立たんかったらもうええわってなるのは、あまりにも、ね」
 新田はうなずいた。白樺家は、可奈を施設に返すつもりだった。圭人は新田と思考を共有するように、言った。
「ここまで捕まらんと生きてこられたんですが、理由は今でも、よく分かってないんですよね」
「まさか」
 新田は思わず言葉に出た心の声を引き戻そうとしたが、圭人はそれを笑って受け取った。
「可奈を夜中に連れ出すということで、父は学会の途中に帰ってきました。駅の裏側の道で待ち伏せして、思い切り殴ったら、一発で仰向けに倒れて死んだ。あっけなかったですね。僕は文句のひとつでも言ったろうと思ってたんですが」
 あの顔が破壊された死体は、白樺秀一だ。新田は、ずっと体の下の方に落ち込んでいた血が、再び全身を巡り始めるのを感じた。
「でも……」
 新田の途切れた言葉を受けて、圭人は続きを補うように言った。
「朝、発見されたときはね。死体の顔が潰されて、指紋も剥がされてた。僕は、あんなことはできないです」
 少しだけ沈黙が流れた後、圭人は可奈の現住所を呟いた。
「名誉のために言っとくと、可奈は今でも、ほんまに白樺夫婦は離婚したんやと思ってます。母と申し合わせて、二人でそう言ってきたんでね。可奈に会って、僕の行動について言質を取りたいなら、どうぞ。共働きなんで、夜になったら帰ってきます」
     
     
一九九九年 九月
     
 ひと言ぐらい、何か言ってやろうと思っていた。しかし、実際に始まってみると、時間を測られているように、焦りだけが追いかけてくることに気づいた。頭が半分になったタミーの死体。セドリックのサイドウィンドウに映る、髪をバリカンで刈り落としたことで、半分ぐらいの大きさになったような自分の頭。側頭部では、痣になった打撲傷が自己主張を始めていて、さっきよりも色が濃くなっていた。四インチ銃身のコルトダイヤモンドバックは、まだ右手の中で煙を吐いている。ここから急がなければならない。倉庫のシャッターを開き、レガシィを外に出すと、中の電気を消してシャッターを叩きつけるように下ろした。レガシィを全速力で走らせ、かつて道案内されたときと同じ角を曲がり、片側一車線の道に入ったところで、携帯電話が鳴った。通話ボタンを押すなり、深川が言った。
「お前、どこにいてる?」
 ザンバラは、レガシィを停めることなく、耳に挟んだ携帯電話に向かって言った。
「どこでしょうね。家にはもう戻りません」
「車を洗車してくれたんは、どうも。岩村と村岡はどうなった?」
 深川の皮肉めいた言葉に、ザンバラは笑った。その背後の音から推測すると、おそらく車の中だ。あのギャランで、怒り狂った熊蜂のように走り回っている。ハンドルを握るのは、散弾銃女の溝口だろう。時間がない。そう頭に言い聞かせながらも、ザンバラは言った。
「コンテナヤードには、行きましたか?」
 返事はなく、最後の角を曲がったザンバラはヘッドライトを消して、エンジンの回転を落とした。深川は言った。
「ひとつも解決せんかったな。お前、それで仕事やってるつもりか?」
 その言い回しで、ザンバラは気づいた。深川は、最初から麻薬取締官だと知った上で、全てを仕組んでいた。
「村岡に辿り着くために、薬の供給を断とうとした。違いますか? やから、あの道で張ってたんでしょう」
 側頭部がずきずきと痛んだ。ここ数週間で、普通の人間の一生分は殴られた気がする。深川の声が電話から離れて、運転席に座っていると思しき溝口に、何かを伝えている。その言葉の中に『白樺』という単語を聞き取ったザンバラは、言った。
「五分ください。後でかけ直します」
作品名:Ivy 作家名:オオサカタロウ