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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Ivy

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「数か月前やな。まあ、逃げ足が速いんか、悪運が強いんか。何やろな。邪魔ばっか入るよな」
 最後の言葉は溝口に向いており、溝口は薄く笑うと、小さくうなずいた。深川は、薄い紙ファイルを助手席から取り出すと、言った。
「鮮明やなくて申し訳ないんやが、人探しをお願いしたい」
 白黒の写真。咄嗟に車から撮られたものなのか、少しぶれている。深川は、お世辞にも鮮明とは言えない画質に呆れたように、笑った。
「溝口、お前もうちょっと写真練習せえよ」
「すみません」
 溝口が恥ずかしそうに俯き、ザンバラは写真に見入った。『骨』のチャンネル文字を右手に持って、仰向けに倒れた死体を見下ろしている男。かろうじて顔の外形が分かる。この角度と距離なら、カメラを向けた溝口と目が合っているはずだ。それよりもザンバラが最も驚いたのは、死体の顔だった。血を流してはいるが、全く傷ついていない。両手の先も無事だ。
「これが犯人なんですか?」
 ザンバラが言うと、深川はしかめ面で首を傾げた。
「路地で張ってたから、分からん。これは悲鳴が上がって、駆け付けたときに撮った写真や。俺らは面が割れてるから、近づけん。ただ、深夜に何をしとったんか、こいつから是非話を聞きたい。地元の中学生や」
 話を聞くのに、最低限必要な情報。ザンバラがそれを待っていることに気づいた深川は、言った。
「名前は、白樺圭人」
    
    
二〇二〇年 八月
    
 本当にコーヒーが出てきて驚いた新田は、圭人が自信なさげにグラスを差し出す様子を見ながら、駅前で買った手土産を差し出した。
「これ、よかったら」
「えー、いいんですか」
 圭人は、和菓子の包みをうやうやしく受け取ると、二日前に話したばかりのテーブルに置いた。新田は言った。
「すみません、連日押しかけて。今回はちょっと、個人的な話にも触れるかもしれないんですけど」
「いいですよ」
 圭人はアイスコーヒーをひと口飲んで、首を傾げた。
「どない作っても、薄いですね」
 新田はひと口飲んで、そうでもないと言う風に首を横に振った。今回は、メモ帳を持って来ている。事件記者に戻ったような感覚をペン先に感じながら、一度咳ばらいをした新田は、言った。
「何点か、繋がりのありそうな事件があるんです。それを圭人くん……、ごめんなさい、白樺さんの記憶と結び付けて、結べそうなところを探したいというのが、今回の趣旨です。一件目はもちろん、例の殺人事件。未解決です。その何日か前に、僕は例のクラウンが、黄色のカプリスを足止めして何か話してるのを、たまたま見てます。やから、これがゼロ件目というか、始まりやと思ってます」
「黄色のカプリスですか。マフラー擦りながら走ってたやつですか?」
 圭人は、スマートフォンを手に取ると、同型の車の画像を表示した。新田は、それを自分の目で見るなりうなずいた。
「それです」
「あれ、麻薬の売人ですよ。先輩が言うてたんですけど、あの人から買ったら、体壊すらしいです」
 一般的に『正しい』とされている見解。麻薬の売人同士のいざこざ。新田がメモ帳にペンを走らせていると、圭人は笑った。
「書くのつらくないですか? 録音してもらって構いませんよ」
 新田は笑顔でうなずくと、スマートフォンを机の上に置いて、録音アプリを立ち上げた。
「ありがとうございます。これでお願いします」
「何人か、仲間がおったんですよね。ひとりはゲーセンで声かけてきたことがあって。すみません、素行が良くなくて」
 自分が可奈を教えている間、圭人は外をぶらぶらして、色んな『悪い人間』と会っていたのだろう。新田は、可奈が言っていた『ゲーセンに入り浸る圭人』を思い出していた。圭人は頭に浮かんだ像を表現するのに身振りでいいのか、自信が持てない様子だったが、控えめな口調で言った。
「なんかね。ぼさぼさ頭で、小汚い感じの」
「そういう売人がおったんですか」
 繁華街は完全に様変わりしていて、収穫はなかった。しかし、ゲームセンターは別だ。店はずっと同じで、オーナーの息子が経営を継いでいる。昼前だからまだ開いていないのは分かっているが、先に話を聞きに行かなかったことを、新田は少し後悔した。圭人は、自分より少しだけ背が高かったということを、手の平で表現しながら続けた。
「結構でかくてね、怖かったですよ」
「時効でしょうから、聞きますけど。もしかして……」
「いえいえ、買ってませんよ」
 圭人は否定するように手を振りながら、笑った。新田は、家に招かれてから、ずっと気にかかっていながら言えなかったことを持ち出そうと考えたが、敢えて遠回りすることに決めて、言った。
「フリーってのは、大変なんですよ。服から察してもらえると思いますが」
 新田は、利子と利史の話をした。『パワーバランス』という単語を使って夫婦の関係を説明した時、圭人は少しだけ眉間にしわを寄せたが、次に自分が聞かれる番だということを察して、言った。
「新田さんが家庭教師に来てくれてた頃は、四人家族でした。父親、母親、僕、可奈と、みんな揃ってましたね」
 新田は、車庫にエルグランドが停まっていた当時の白樺家を思い出していた。圭人は続けた。
「うちの事情は、新田さんほど明るくないんですよ。父親は大手に勤めてたんで、お金はありましたけど」
 コーヒーの中でがんじがらめになっていた氷が動いて、大きな音を鳴らした。圭人は、聞き耳を立てられていないことを確認するように、ぐるりと家の中を見回した。
「新田さん、うちの父親見たことないでしょう」
「そう言えば、最初に一回だけでした」
「出張族で、あまり家に戻らん人でね。正直な話、僕も父親のことはよく知らなかったというか、自分の家庭のことしか分からんので、これが普通なんかと思ってました」
 家庭にあまり関心がなさそうな父親。ただ、可奈に家庭教師をつけることを決めたのは父親だと、母親は言っていたはずだ。新田は言った。
「授業の時に話してたんですけど、学会が……」
「そう、伸びたから云々ってやつでしょ。あれはお決まりの台詞なんですよ。たまに帰ってこん時がありましたね」
 当時の記憶と一致する。可奈は浮気にこだわっていた。確か可奈の『離婚した』という一言で、車庫からエルグランドが消えて、父親の影はなくなった。それが二学期の終わり近くで、そのまま受験になだれ込み、年が明けて最後の挨拶に訪れたときには、また大泣きされた。
「可奈は、新田さんのことをよく話してました。僕は聞き役でしたね」
 圭人が言った。新田は思った。同じように、可奈の聞き役は自分だった。
「無事に私立に入ったんですけど。父親は結局、帰ってこんかった」
 新田は、自分の記憶と圭人の言葉に、微妙なずれがあることに気づいた。可奈ははっきり『離婚』と言ったはずだ。あの、時計に視線を向けるときの目も含めて、よく覚えている。圭人以外の人間はどこに行ったのか。それを突っ込んで聞くつもりだったが、さっきよりもハードルは上がっている。
「蒸発ってことですか?」
 記憶を捻じ曲げて、話に合わせるように新田が言うと、圭人はうなずいた。
作品名:Ivy 作家名:オオサカタロウ