北へふたり旅 51話~55話
「音響のことです。
低音のドン、高温のシャリという擬音語を組み合わせて、ドンシャリです。
その名の通り低音と高音を際立たせた、サウンドのことをいいます」
「よく知ってるね君は。そんなことまで。
では、かまぼこというのは?」
「中域が強く、低音と高音を抑えたサウンドです。
周波数のグラフが、かまぼこを切断した形に見えることに由来してます。
ギターやバイオリンなどが聴きやすくなるそうです」
「フラットというのは?」
「すべての音域がまんべんなく出るタイプです。
ありのまま伝わるため、生演奏に近いライブ感が楽しめるそうです。
わたしも持ってます。ほら」
妻の手のひらからワイヤレスのイヤホンがふたつ、コロッとあらわれる。
「いつの間に手に入れたんだ・・・君は」
「旅の必需品です。こういう小物も。
でもわたしが楽しむのは、ふるいむかしの歌謡曲だけ。
テレサテンはもう最高。うふっ。
ここだけのはなし、これ演歌に特化しているイヤホンです。
聴いてみたらどうですか、あなたも」
妻がイヤホンのひとつをわたしへ手渡す。
半信半疑で耳へ差し込む。
いきなり艶のある歌声が、わたしの耳へ飛び込んできた。
「ホントだ。まるでテレサテンが目の前にいるようだ・・・」
それから10分後。電車は定刻通り小山の駅へ滑りこんだ。
スマホをポケットへおさめた通勤客と高校生たちが、
いっせいに立ちあがった。
(55)へつづく
作品名:北へふたり旅 51話~55話 作家名:落合順平