北へふたり旅 51話~55話
農家で働きはじめて3年目。暑さにいまだ慣れない。
長年エアコンの中で仕事してきたせいもある。
(居酒屋のやめた後、こんなふうに農家をやるとは夢にも思わなかった)
ふぅっと息を吐いてから、茄子の木陰へ腰をおろした。
絶盛期のいま、茄子の背丈はかるく2㍍をこえている。
おおきな葉が、日陰をつくる。
直接の陽ざしから逃げただけで、背中の暑さがおさまっていく。
真夏のハウスはそれほど暑い。
茄子の深い紺色は、太陽のひかりが作り出す。
陽があたらないとナスは赤くなる。
事実。雨の朝や曇りの朝は、茄子の肌が赤くなっている。
ゆえに太陽光をさえぎる葉を、まめに取り除いていく必要がある。
また密集した葉が茄子とこすれあうと、肌が傷つく。
茄子の肌は赤子のように繊細だ。
太陽のひかりをじゅうぶんに入れ、なおかつ茄子を傷つけないよう、
役目を終えた古い葉を、せっせと取りのぞいていく。
収穫は涼しい朝の6時からはじまる。
3時間から4時間かけて、コンテナ40箱から50箱の茄子を収穫する。
ベトナムの3人は選別と出荷の作業へむかう。
いっぽうシルバーは、手入れのためビニールハウスへ残る。
10時を過ぎたビニールハウスは、すでに低温のサウナ状態になっている。
換気の小窓は開いているが、あまり役に立たない。
お昼までの2時間。暑さの中で茄子の木の手入れをおこなう。
汗をかくことがいちばんのダイエットになる。
さいしょの年。夏場2ヶ月の作業で、体重が10キロ落ちた。
いろいろダイエットに取り組んできたが、効果はまったくなかった。
そんなわたしがたった2ヶ月の夏場の農作業で、10キロの減量に成功した。
これは奇跡だ。
減量に成功したうえ、給料までもらえる。
一石二鳥だ。こんないいことはないとおおいによろこんだ。
しかし。油断は禁物。
7月中旬に茄子の仕事が終る。
それから9月の初旬まで、2ヶ月間の夏休みがやってくる。
仕事がなくなると、せっかく減った体重がじわりともとへ戻りはじめる。
「ねぇ。せっかくダイエットに成功したのよ。
もうすこし頑張ったらどう?。
なんならご飯を2食にしましょうか。
いまの体形を維持するために・・・うふっ」
妻が笑う。笑っている場合ではない。
そう言いながら笑っている妻も、さいきん少しふとりはじめてきた。
(52)へつづく
作品名:北へふたり旅 51話~55話 作家名:落合順平