棚から本マグロ
帰宅した私は、冷蔵庫から出した缶ビールを開けて一口飲んだ。そして、テレビのスイッチを入れてどかりとソファに腰を落とす。
テレビに映し出されたのは賑やかなバラエティー番組で、やけに軽薄な印象の芸人が騒々しく喋り捲っていた。しかし私には何がそんなに楽しいのか理解することはできなかった。
一通りチャンネルを替えてみたが気に入ったものは見つからない。結局元の番組に戻ったところでテレビは諦めてしまった。
ビールを半分ほど飲んだあたりで、キッチンの方から何やらガタガタという怪しげな音が聞こえてきた。
「なんだろう?」
私は立ち上がってキッチンへ行った。
キッチンの明かりを点けると一層ガタガタと派手な音をたてる。どうやら音の出所は戸棚の上段辺りだった。
私はその自分の顔の高さにある戸棚の扉を開けた。
そこに居たのは本マグロだった――。
いや、本マグロだと断定するのは難しい。その大きさや形からなんとなくマグロだと思っただけだった。
ただムナビレはそれほど長くないのでビンナガじゃないだろうし、黄色くも無かったのでキハダでもなさそうだ。
とにかく、驚いてビチビチと暴れる本マグロは狭い戸棚から這い出てきてキッチンの床に落ちた。
「痛ったーい。何で急に開けるの?」
その声は二週間前に家を出て行った妻、マリコのものだった。
「キミ、何をしてるの?」
状況を飲み込めない私は、とりあえず妻の声で喋る本マグロに話しかけてみた。
「何って貴方憶えていないの? 貴方は昨日、わたしを海まで追いかけて来たのよ。それで釣り上げたわたしをその棚に押し込んでおいたんじゃない」
「そうなのか?」
「そうよ、憶えてないの?」
そんな筈は無い、と私は思った。年度末に近いここ数ヶ月は仕事が異常に忙しく、今週は月曜から四日間、朝から深夜まで仕事に明け暮れていた。とてもではないが海になんて行く暇は無かったのだ。しかも、釣りなんて子供の頃に近所の川でフナ釣りをした程度の経験しか無い。
テレビに映し出されたのは賑やかなバラエティー番組で、やけに軽薄な印象の芸人が騒々しく喋り捲っていた。しかし私には何がそんなに楽しいのか理解することはできなかった。
一通りチャンネルを替えてみたが気に入ったものは見つからない。結局元の番組に戻ったところでテレビは諦めてしまった。
ビールを半分ほど飲んだあたりで、キッチンの方から何やらガタガタという怪しげな音が聞こえてきた。
「なんだろう?」
私は立ち上がってキッチンへ行った。
キッチンの明かりを点けると一層ガタガタと派手な音をたてる。どうやら音の出所は戸棚の上段辺りだった。
私はその自分の顔の高さにある戸棚の扉を開けた。
そこに居たのは本マグロだった――。
いや、本マグロだと断定するのは難しい。その大きさや形からなんとなくマグロだと思っただけだった。
ただムナビレはそれほど長くないのでビンナガじゃないだろうし、黄色くも無かったのでキハダでもなさそうだ。
とにかく、驚いてビチビチと暴れる本マグロは狭い戸棚から這い出てきてキッチンの床に落ちた。
「痛ったーい。何で急に開けるの?」
その声は二週間前に家を出て行った妻、マリコのものだった。
「キミ、何をしてるの?」
状況を飲み込めない私は、とりあえず妻の声で喋る本マグロに話しかけてみた。
「何って貴方憶えていないの? 貴方は昨日、わたしを海まで追いかけて来たのよ。それで釣り上げたわたしをその棚に押し込んでおいたんじゃない」
「そうなのか?」
「そうよ、憶えてないの?」
そんな筈は無い、と私は思った。年度末に近いここ数ヶ月は仕事が異常に忙しく、今週は月曜から四日間、朝から深夜まで仕事に明け暮れていた。とてもではないが海になんて行く暇は無かったのだ。しかも、釣りなんて子供の頃に近所の川でフナ釣りをした程度の経験しか無い。