短編集73(過去作品)
特に中学時代など、女性の先生にやたら憧れていた。どちらかというと同級生の女生徒が幼く見えるほどで、本当の大人の色香を知らないまでも、甘えてみたいという気持ちだけはあったことを思い出すことができる。それが恋愛感情だったかどうかということは、今となっては分からない。それが「従順な性格」として自分の中に培われていったに違いない。
――年上に甘えたい――
この気持ちが今までに幾度となく私に対して災いしたか分からない。肝心の年上と付き合うことは実際にはあまりなく、どちらかというと年下に慕われる方だった。
もちろんそれはそれでいいことだし、慕ってくれることに感無量だったはずだ。
しかし、年上に憧れを持っている私のそんな気持ちが分かってくるのか、いつも女性から離れられてしまう。
「もう、お友達以上にあなたを感じることできないわ。さようなら」
ほとんどの女性から言われる別れ言葉である。それでも、納得いかずに説得に入ると、
「あなたは、私の向こうに違う女性を見ているのよ」
「違う女性って君以外は見えないよ」
「そうね、私も相手が誰か分かれば少しは違ったかも知れないけど、その相手が見えてこないの。だから余計にあなたとはこれで終わりにしたいの」
その頃にはまだ私が年上の女性を慕っていることを自覚していなかった。自分自身に分からないことを他人が分かるなど信じられない頃だったので、もちろん「理由なく、ただフラれた」としてしか認識できなかった。
――女性ってわがままなんだ――
そう感じるようになった。特にそれまでに付き合っている女性としては、ほとんどが年下が多かったのだ。
――年下が可愛い。自分は慕われるタイプなのだ――
それまではそう思っていた。実際に年下からは慕われていたし、友達も多かった。そう、友達としてまではいいのだ。
「安田さんって頼りになるわ」
そう言われてそれを愛情表現と思い込んでしまうこともあった。しかしよく考えれば、
「信二さん」
「信二」
と、下の名前で呼ばれたことがなかった。上の名前で呼ばれることに違和感がなかったために気付かなかっただけかも知れない。
付き合い始めまでは、いつもトントン拍子であった。仲良くなるまでに会話は弾み、お互いに隠し事などないかのごとく、会話に花が咲く。
「安田さんは、人の話を最後まで聞いてくれるから、とても話しやすいわ」
数人から言われたことがある。
「そうかい?」
「ええ、みんな自分のことばかりが先行しちゃって、悪くない時もあるんだけど、相談事がある時なんて、ちょっとね」
彼女たちは聞き上手を求めている。聞いてくれて、さらにそれを噛み砕いたアドバイスをしてくれる男性に惹かれるのは間違いないことのようだ。
そんな彼女たちからすれば格好のボーイフレンドであったことには間違いないかも知れない。
しかし最初は冷静だった私が、その気になってしまうと元々入れ込みの激しい私のことなので、勝手に頭の中で想像力を膨らませてしまう。相手の想像をはるか超えて、
――自分の彼女だ――
と、一気に思い込んでしまうようなのだ。
無理もないことかも知れない。
相手の女性からは「好きだ」と言われ、最初はクールであってもその気になってしまう。クールな私が好きだったのかも知れないのに、その気になってしまえばしまうほど相手が冷静になるようだ。熱くなった私にそんな相手の態度が見えるはずもなく、結局相手から引かれてしまう。きっとどこかに「交差点」があったに違いない。
「友達以上には思えない」
その言葉の本来の意味が分かるのは、別れてからのかなり後になってのことだった。しかしそのたびに、
――何度同じことを繰り返せば気が済むのだろう?
と考え込んでしまう。
――私にとって恋愛とは何なんだろう?
最後はそこに行き着き、そのまま鬱状態に突入する。
この鬱状態は理由が分かっていてのものであり、しかもいつも同じパターン、そんな状態が悪循環に変わったりする。
――成長がないんだろうな?
といつも考えさせられ、いつも同じ相手に相談してしまう。
よく泊りにも行ったものだ。アパートで一人暮らしの友達のところであって、それがずっと直哉だったのだ。直哉はよく分かってくれていた。話をしても、夜を徹して聞いてくれ、それが私の心の拠りどころになっていた。
「しかし、懲りずにいつも同じパターンだな?」
そう言っていつも苦笑されてしまう。
「どうやら、君はいつも同じタイプの人を好きになるようだね」
確かに同じような人をいつも好きになっている。
一見大人しめの人で、控えめタイプな女性。しかし、自分にだけはいつもニコニコ話してくれて、明るい人。それでいて実は強情で、気が強い……。
いつもそんな女性ばかりに恋をしていたような気がする。
最初は分からないが、途中で、
――また同じタイプ――
と気付くことが多い。そんな時、我ながら苦笑してしまっているのだ。そう、
――好きになってしまったものは仕方がない――
と思うのだ。
この日も直哉に相談に来て、いつものようにビールを呑んでいた。呑みながらでないとなかなかシラフでグチるのも恥ずかしいものである。もちろん聞いている方もシラフでなど聞ける気にはならないだろう。元々呑むことの好きな直哉だから、嫌な顔もせずに聞いてくれるのだ。
――そういえば、直哉のグチとか聞いたことがなかったな――
今さらながらに感じていた。いつも自分のグチばかりを聞いてもらっていて、黙って聞いてくれるだけだ。彼もやはり聞き上手なのだろう。
他人の恋の悩みはよく相談を受ける。聞き上手なところが幸いしているのか、他人の恋愛相談を聞いてためになることが多い。しかしなかなか自分が恋愛という舞台に立つと、評論家のようには行かなくなるもので、まわりが見えなくなることが多い。暗い観客席から明るい舞台は綺麗に見えるが、逆だとまったく見えないのと一緒である。
――まるでマジックミラーのようだ――
と思うのも仕方のないことで、何度そんなことを思っただろう。同じ相手に悩む時でも同じことを何度も感じるのは私だけなのだろうか? 少し感じる疑問である。
直哉との話はいつも最初から同じことを話している。女性と出会った時のことから、いつも同じ話から始まる。
本来なら聞く方も嫌なのかも知れないが、直哉は黙って聞いてくれている。ひょっとして彼も忘れているのかも知れないと思うくらい真剣に聞いてくれているような気がするのは、私にとって嬉しいことだった。
ほとんどは甘い話になるのだが、時々、生々しい話になる時もある。それも嫌な顔もせずに聞いてくれるのだ。
私は相手を好きになるとすぐに燃え上がる方かも知れない。
――彼女のすべてを知りたい――
これが基本的な考え方なのだろうが、いとおしくなって抱きしめたくなる、これは私に限ったことではないだろう。その行動が「自然」であることを演出してさえいれば、いくらすぐに行動に移したとしても、そこに何ら違和感はないだろう、というのが私の考えである。
――自然が一番――
作品名:短編集73(過去作品) 作家名:森本晃次