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北へふたり旅 41話~45話

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 北へふたり旅(42) 第四話 農薬⑧

 「そんなことより最近の俺は、とにかく疲れ果てている」

 Sさんが、溜息をつく。
いつの間にか男の辛口四合瓶、2本目が空になっている。
「おい。もう一本!」Sさんの右手がおかみを呼ぶ。

「呑みすぎです。大丈夫?」
おかみが、あたらしい四合瓶を置いていく。
こちらもキンキンに冷えている。

 「おやじから家業を譲られたとき、6反たらずの小農だった」

 所有する田畑が少なく、家族だけで営む小規模の農業。
農民のことを小農という。
 
 「おやじが亡くなったのは交通事故。
 イヤも応もねぇ。すべてがあっというまの出来事だ。
 もっと遊びたかったが、20歳で養蚕農家の跡取り。
 農業高校は出たが、勉強なんかしていねぇ。
 おやじがこんなにはやく亡くなるなんて、夢にも思っていなかった」

 とつぜんの農家の後継ぎ。
その日からSさんの休みのない日々がはじまる。
朝。夜明けとともに起き出し、夜露に濡れた桑の枝を刈った。
 
 いまでこそ群馬県は、電気と自動車産業が主流になっているが、
ひとむかし前までは養蚕、製糸、織物の蚕糸業が農、工、商業の中心だった。
明治5年。官営の製糸工場、富岡製糸場が建設される。
それを契機に、見渡す限り桑畑の中、製糸工場の巨大な煙突が林立する
上州の風景が出現した。
その様子を「機(はた)の音、製糸の煙、桑の海」と詠った
明治の俳人が居る。