響くがままに、未来 探偵奇談22 前編
螺旋の記憶
洞窟の中はひんやりとしている。寒くはないのだが、この綺麗すぎる空気が、身体中を巡るたびに全身の皮膚が薄くなるような冷たさを感じさせた。
(毒になるってこういうことか…)
この空間は、清浄すぎて自分には毒なのだ。かつて呪われた身、と童子は言っていたが…。あまり長くはいられないだろう。洞窟の中はひたすらに一本道だった。青白く発光する岩壁のおかげで、暗くて辺りが見えないということはない。静かだったが無音というわけでもない。瑞は確かな足取りで最奥を目指した。
「こっちこっち」
人の声が響いて心臓が飛び出るかと思った。細い道の先に誰かが立っている。燭台に灯したろうそくを手に手招きしているのは…。
「…兄、ちゃん?」
間違いなく兄の紫暮だ。しかし…これは兄ではない。
「兄ちゃん?ああ、おまえ、こっちじゃ俺の弟なんだって?いい気味だなあ」
紫暮がおかしそうに笑う。その笑い方は、弟に対する兄の笑みではなく、心を許した友人に見せる屈託のない笑みだった。
「覚えていないか…。俺はいつかの世界でおまえの主に仕えていた者だよ」
「…あの、あなたも俺の転生に関わっているということ…?」
見た目は確かに兄なのに、中身はそうでないことが対峙するとよくわかる。ここは神域、何が出てきてもおかしくない。瑞は緊張しながら尋ねてみた。
「俺は、おまえの願いを叶えるために伊吹くんとお役目様に協力した。いわばまあ、共犯者か。おまえとは…悪友というのか、そういう関係だったな」
「……」
そう言われても、瑞にはやはり思いだせない。紫暮は少し寂しそうに笑ったが、いいんだよと言う。
「おまえが俺を忘れることを、俺は覚悟していたし、それでもいいと思っていたから」
「俺は…どうしてみんなを忘れて、振り回して、こんな風に生きていたんだろう。それを知りたい。夕島を巻き込んでまで、俺が成したかったことって何だ?」
作品名:響くがままに、未来 探偵奇談22 前編 作家名:ひなた眞白