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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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川の流れの果て(5)

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冬も一層厳しくなって、年の瀬で人々は皆物入りなはずが、「柳屋」はいつもの呑み客で賑わい、たくさんの客が居た。

まずは奥の座敷には二本差しの者が一人、獲物を脇に置いて飲んでいた。年恰好は二十五、六といったところで面差しは酒で真っ赤になってしまっているので普段を想像するのも難しいくらいではあったが男っぷりのいい方だ。

着物は、帯だけは上等であったが古いものなのかくたびれてしまっていて、着ている物も絹ではあるがそこまで値の張る物でもなさそうである。それがさっきからへべれけに酔っぱらって柱に寄りかかっているところを見ても、大した者ではないのが一目で分かるような様子であった。

それから隣の座敷にはまだ二十歳を過ぎたばかりという感じの若い町人の男二人が居た。二人とも頭に手拭をかぶって、木綿の着物に裸足で、手拭はちょっと染めただけの薄浅葱、着物はそれに合わせた鉄紺、半纏はそれを邪魔しない落ち着いた鼠色と、粋ななりのいい若者達だった。

それと、床几に腰掛けた三人連れの方からは、田舎弁が聴こえてきているので、どうやら江戸見物に来た者だろう。浅草がどうだの、土産屋の娘がどうだのと話しながらどんどん酒を飲んでいた。

こちらは歳は皆四十過ぎくらいで、一日中長歩きをしてきた今日のためか、半纏を重ねて店内でも着ていて、着物も半纏も目立たない茅色で、旅のためか足元は脚絆に足袋と、草鞋であった。

あとは店先に張り出した床几に、いつもの留五郎達と甚五郎爺さんが腰掛けていて、話し込みながら酌を交わしていた。

留五郎達は腹掛けと股引の仕事着のままで威勢よくその上には何も着ず、甚五郎爺さんはいつもの錆御納戸の甚平に、端にほつれがあって綿が出るんじゃないかと心配な色褪せた紺の半纏を羽織っていた。

客達はそれぞれ行灯の温かい明かりの中で店内に所狭しと腰掛けて、一杯やりながら飯を食ったり、手元に肴を置いて酒を飲んだりしていた。

客の傍には必ず丸火鉢や長火鉢が置かれ、皆それで両手を炙って温まり、煙管の煙草を近づけて火を点けたり、鍋を置いて温めながら食べたりしていた。

表に面して吉兵衛が向かっているまな板の前には、ちょうど時分時なのでおかず目当ての客が二人居た。
緑がかった紺のねんねこの中で背中に赤ん坊をおぶって、寒そうに前をかき合わせている女が一人。それから、着古した木綿のぼろをいい加減に擦り切れた帯で括りつけ、脇に両手を挟んで寒さに堪える若い男の二人だった。

「すまねえだが、澄まし汁と煮物は何があるんでなぁ!」
「これ、酒をもう一本もらいたいがな」
「いい魚があるじゃないのさ、これをうちのおかずに焼いてもらえないかね」
「あーあ、おめえそんなに飲んだらここで寝ちまうんじゃねえか」
「おめえそんな馬鹿な話は俺は聞いたことがねえや!」

方々から注文があり、客達は酔っぱらって大声で騒いだり笑ったりしていた。吉兵衛は後から後から飯を作り、煮物を温め直し、皿に盛ったし、お花はそれを客の元へ運んで、下げた皿を洗いながら燗を付け、客の注文に返事をした。

「これ娘!酒だと言っておろう!」
「はいただいまー!少々お待ち頂けませんでしょうかー!」
お花が酔った侍から二度目の注文をされて、他の客の席に持っていく膳を抱えていたので思わず声を高くして返事をした時、その侍はお花をじろりと睨んだ。

お花に侍に対する悪気は無かったし、大してうるさそうに返事をしたわけでもなかったが、その侍はもうだいぶ酔っぱらっていて、どうやら鬱憤が溜まっていたのか、理不尽にへそを曲げて「もうだいぶのこと待っておるわ!馬鹿にしおる!」と叫んだ。

そして席を立って、大小は手に取ってはいないものの、お花へずんずん歩み寄る。
店中の者がお花と侍の二人を見つめて、侍に立てつくことも、お花を庇う勇気を出す事も出来ない間に、侍はお花の前にずいと進み出た。

「あ、あ…も、申し訳…」
お花はびくびく震えて、口も利けないほど怖がっているようだった。吉兵衛が「なんだか店の中が静かになったな」と振り返ると、娘に詰め寄る侍の姿を見て、「お侍様!」と声を上げた。
侍の伸ばした片腕がむんずとお花の衿元を掴むかと思って、皆が不安そうに見つめていた。吉兵衛は包丁を振り捨て、店の中へ向かおうとした。その時だった。
「何するだ!」
そう誰かが叫んで、侍とお花の間にさっと割り込んで、侍の胸を突き飛ばしてその場へ叩き落としてしまった。
「な、何奴!」
誰とも知れない影にいきなり突き当られた侍は慌てて起き上がると、自分を見下ろして歯を剥き出しにする男の顔を見た。