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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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川の流れの果て(4)

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紅葉の見ごろもとうに過ぎ、それから厳しい冬が迫っていた。弥一郎の店でその朝いつもの通りに目覚めた留五郎は、布団を畳んで押し入れに仕舞い、井戸まで来て顔を洗おうとしていた。
「おお冷てぇ!ったく、冗談じゃねえやい」

井戸から汲んだ盥の水は氷のように冷たく、顔に当てているだけで全身が痺れてくるようだった。さすがの留五郎も愚痴をこぼしているてころへ他の職人がやってきて、「早くあったけえ味噌汁が飲みてえよなぁ」と付け足し、「おうよ」と留五郎はそいつに手桶を渡してやった。

店の者の食事は、さほど職人が多いわけではないので飯炊きに雇われてくる女もなく、店のおかみであるおそのが一手に引き受けていた。

おそのはなかなか料理が上手かった。更によく気のつく人物で、咳き込む職人には「大事にしなよお前さん」と声を掛け、職人達が暮らしやすいようにと目配りを怠らないようにしていた。

弥一郎と一緒に歳を重ねはしたがおそのは美しさの面影を絶やさず活き活きとしていて、「まだまだ捨てたモンにゃ見えねえ。傍目にゃ本当の歳より五つは若えよなぁ。俺もいつかあんなカミさんもらって、親分やりてぇなぁ」と、職人達から憧れられてもいた。

そうしておそのは職人達に半ば崇拝される形で、皆が母親の手助けをしたがる子供のように、おかみの仕事である掃除や洗濯、水汲みなどを進んで手伝った。それを見て弥一郎も喜んだ。

留五郎は顔を洗い終わって、おそのが台所から膳を運んでいるのを見つけたのでそれを手伝い、他の職人も幾人かそうして全員の膳やおひつを運び終わると、朝飯だ朝飯だと喜んで、旨い飯を頬張った。

留五郎は浮かない顔で、又吉のことを思い出していた。


弥一郎は職人達をいつも言葉で労った。そして、若い職人などがまずい仕事をした時などでも、ただ叱りつけて終わりにはしなかった。

どうまずいのか、どうしたらそうならないのか丁寧に説明し、良いところがあればそこも取り上げて褒めた。

その上で、また同じように信頼して仕事を任せる。そうすると職人は奮起して、「次こそは」と腕を磨くので、皆がどんどん上手くなっていった。

弥一郎はそれを満足に思っていることを皆に伝えた。そうして弥一郎の店は上手くやっている。

「商売ごとだって人と人との関係が上手くなきゃあ上手くならねえ。俺が親方を張るなら、職人がやる気がねえとか、仕事がまずいなんてえことがあったとしたら、そりゃあ俺のやり方もまずいんじゃねえかと、一度振り返るようじゃなきゃあ、本当の親方じゃねえ」。

景気が悪く、弥一郎の店が苦しくなった時、弥一郎はそう言った。留五郎はその時、「この親方は本物だ」と確信したのだ。


どの商売人も同じように良い心掛けを持っているわけではないことくらいは、十や十一になれば分かってくる。

又吉が散々殴られて「柳屋」に現れた時も、又吉は自分を殴った番頭の肩を持った。
よりにもよってそんなに優しい奴が、心無い商売人にいいように殴られているのかと思うと、留五郎は我慢がならなかった。
とはいえ、自分にはどうしようもない。それが歯がゆくてやるせなくて、友達を助けてもやれねえ自分が情けなくて、それなのに自分が十分過ぎるほど恵まれている事にも、一瞬腹が立った。
だがすぐに、親方の名を汚すかもしれねえと思い止まり、「何か出来ることはねえのか」と、悶々と悩み続けていた。