芽
私には一人の相棒がいた。彼はこの街には珍しいほど努力家で、勤勉で、誠実で、分け隔てなく優しく、人類の卑屈の総本山とも言える私とは正反対でありながら、正反対だからこそ馬が合うものがあった。しかしそれ故に喧嘩することも多々あり、殴り合いにまで発展した時もあった。その度に私はその事を根強く気にし気にかけるのだが、そうか、あいつはこんなこと気にしてないな、と気楽に翌朝いつものように声かけることもできた。私はそんな彼を愛しているが、私が愛しているということは、向こうは愛していないのかというと、そこだけは合致しているのかもしれないしそうではないのかもしれない、私が勝手にそう思っているのだけかもしれないが、大して気にしたことはない。
そんな彼だが俳優になることを夢見て、高校卒業と同時に私と共に荒波に突っ込んでいったいわば戦友なのだ。
互いに夢と希望を持ち、何も疑わぬ信念で努力をしていたことが懐かしい。彼とは8年共に人生を共有した。期限切れのコンビニ弁当と安酒をたばこでふかした8年、いずれどっちも有名になって居酒屋で語り明かそうと、二人で悠久の夜を過ごした8年。彼は、彼も夢破れ2年前に帰ってきている。しかし私は信じている。彼もきっと帰ってきたときは今まさに私が受けた洗練を受け、同じ感覚に陥ったに違いないと。彼と私の唯一の共通点は夢に愚直であったことであると思い出し、それに浸り溺れ、縋るように彼に連絡をした。彼なら私の体に纏わりついた凝固した同情の念を溶かして、私の冷め切った熱意を燃え上がらせる男だと確信している。