芽
駅西口から降り、独りスーツケースを引きずっていると、初めて原始人を見たかのような物珍しさに人たちは寄ってくる。それもそうだ、この駅に降りるのは都会から帰省した天才かそれ以外かの二択に別れる。
商店街の佐藤、旧姓谷原は名前の通り佐藤と結婚し、エプロンには血が斑点のようにおしゃれな殺人鬼みたいな恰好でありながら、何が面白いのか人に死肉を売りつけている。その隣の花屋はたしか高校の時に学校一の美少女こと井の中の蛙の河合さんが、売れ残りの花共々いつ枯れるかわからない日々を暮らしていた。10年という月日は薬で夢を見せられていたかのような錯覚に陥り、あたかも私はこの魚群の一部であったように、町に飲み込まれていく。その時皆口をそろえて、先生様のお帰りだなと言われる度に、頭から氷水をバケツごとぶっかけられるような感覚に見舞われ、声を掛けられる度胸に空いた穴に、飛行機に乗る時なら追加料金をぼられるほど重量オーバーな私のスーツケース同様、詰め込まれていく。その隣、その隣と、店舗と言う監房に縛られた懐かしくも悲しい魚たちが、少しでも町と言う一つの魚群を大きくさせようと、占い師よろしく血液型占いよろしく誰にでも当てはまるお世辞と言うお世辞を豪速球で投げてくる。だが私は一つ当てがあった。この混ぜるな危険の闇鍋に突っ込まれたことも気づかない仔魚たちで形成された町の中にも、唯一と言ってもいいほど、人間が生息している。