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遅めの朝食をとっている時だった。泣きつかれた夜を越した朝というものは、恋人にフられたものと中々に等しいものがあり、元々埋まっていない胸の穴の存在すら忘却の彼方へとおいやった。とかく、私は気分が良い。それがたとえ一時の愉悦であろうとも、それを甘受するにはあまりにも条件が整いすぎていた。ベランダから差し込む木漏れ日、木々が靡く音にそれを靡かせる風、鳥の囀りにどこからか聞こえる笑い声。夢ではないか、そう思い強く頬を抓ったがどうにも夢ではない。
小さい時は朝食はパンとミルクと決まっていて、それも母がマーガリンといちごジャムをふんだんに塗りたくったパンが大好きであった。そして中学に入り、大人に見られたいという思春期の顕著な欲望から、ミルクと砂糖多めのコーヒーだけにした。もちろん食べ盛りの中学生が朝食にコーヒー一杯なぞ足りるわけもなく、優しい母はいつもお握りを余分に持たせてくれた。それも高校に入る頃には朝食を取らないようになった。しかし、今日日滅多にない素晴らしい日に、若い時を思い出して朝食をとろうとやかんを沸かした。
待っている間、何気なくつけたテレビからは声と効果音とが流れ、寝起きの頭で最近出た若い小説家が芥川賞を取ったというニュースがやっているのを朧げに感じ取った。最初、他人事のようにただへーと耽っていたが、次第に動悸が早くなり、それと同時に悔しさやら怒りやらそれらが混ざった、確実に悪い感情が沸騰し鳴り響くやかんのように、わいてきた。
どうやら私よりも6つも若い女性小説家が、今の若者の流行であるものを取り入れた小説を書いた作品がノミネートされたらしい。それを確信するべく、スマホのない私が唯一インターネットを使える手段であり、長年私の執筆活動を共にしてくれたパソコンの前に座り、その小説のタイトルを打ち込み、真っ先に通販サイトのレビューを見た。レビュー欄をスクロールしても星4や星5ばかりで、どうせ読者は最近読み始めた文学弱者なのだろうと蔑んだ。しかし、名もなき小説家であるからにはぜひ読んでから圧倒的な非難をしてやろうと意気込み、ダウンロード版を買って、はっとした。
私は一体何をしたのだろうと。冷静に考えて、私は無職で社会的弱者で、戸籍にしか生きていない死者であるにも関わらず何様なのだと、そう誰かに言われた気がした。

「…。」

思考が無になった。朝の清々しい気分も、今まで拭えなかった本たちも、その悲しみも私が造り上げた虚像なのではないかと。それはきっと昔からわかっていて、ただ自己責任という重りを付けられるほどの覚悟がなくて、ただ逃げていただけなのではないかと。
涙も流れない。ただただあったのは私という20幾年小説に費やした無駄な男が、台所に立っていただけである。
溜息をつき、コーヒーを注ぐ。とりあえずさっきダウンロードした本を読もうと、椅子に座った。

天才を見た。彼女はまさしく天才であった、自他ともに認める。彼女は何も欲しず、欲張らず、目的や目標もなく天才としていた。二流とは言え小説家をしている私ではあるが、あまりの凄さに呆気をとられてしまった。どうその凄さを表現しようにも、とてもじゃないが私では文で魅せることは出来ない。天才を肌で感じ、耳で見、目で驚く。私なんて言うのは彼女の本の前では喜怒哀楽が激しく廻り回る壊れた歯車がいいところだ。
人と比べたところでどうしようもない、あなたは特別な一人で比べられない。幼い日にそう母に言われたことを思い出した。
先ほどの悪い感情というのは、誰にあてたわけでもない、自分に対するものであったことに気づく。嫉妬でもない、畏怖でもない、渇望でもない。
焦り。
焦燥感と絶望感が混ざり合い、しかしそのどうしようもない感情のはけ口はなく、ただただ怖かった。
そしてそれは決して私は天才ではないと決定づけた。
いつか私も、私もきっとできるはずだと、そう思い込んでいた一本の柱が崩れた。所詮、私は天才に憧れた凡人なのだ。
どうしようもない葛藤と、ぶつけようのない怒りが胸の中暴れまわり、私はひたすら文を綴る。それしか私にはない。どうかそれだけは私から奪わないでほしい。怖い。私から私を奪わないでくれ。
縋るように、何も書くことのない原稿用紙には文字にならない文字が散りばめられていく。
作品名: 作家名:茂野柿