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郷田三郎(G3)
郷田三郎(G3)
novelistID. 29622
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<ガラスと鉄> 病院の坂道 3

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「はい、これ」
 祐君は頼んでいた図書館の本をデイパックからモソモソと出した後にテッシュペーパーの箱半分くらいの大きさの紙包みを取り出した。
「え、なに?」
 あたしは少し目が泳いでいる様な表情の祐君から渡されたそれを両手の掌に乗せて訊いてみた。
「ほらこの前。杉山神社のお祭りだったじゃん。それで……」
「それでなに?」うつむいて言い淀む裕君の顔を覗き込んで訊いてみる。
「何って風鈴だよ、ガラスの」裕君はそう言って眉間にしわを寄せた。
「ほら、僕が小学校一年か二年の頃、香織ちゃんのガラスの風鈴を割っちゃった事があったじゃん。友達と夜店回りをしてたら目について。急に昔の事を思い出してさ――」

 そう言われてあたしも思い出した――。
 あれは裕君がまだ小学一年生の夏休みが始まってすぐの時の事件だった。だからあたしは二年生だったはず。
「ねぇねぇかおちゃん、見てみて」お母さんに手を引かれてやって来た裕君はそう言ってレジ袋に入った小さな植木鉢を見せてくれた。
 植木鉢の真ん中にはまだ丸まって柔らかそうな葉っぱが三つくらい顔を出していた。あたしはその風情に見覚えがあったので少し嬉しくなって言った。
「アサガオね、これ! あたしも去年やったよ。観察日記」
「え、そうなの!?」裕君は驚いた顔をしてあたしを見た。どうやら朝顔の観察日記が小学一年生の定番の夏休みの宿題だとは思っていなかったのだろう。
「そうだよ。一年生はみんなやるんだって、ウチのお父さんも子供の頃にやったって言ってたよ。お母さんは憶えてないって言ってたけど」
「えぇ、ウチのお父さんは”こんなに早く芽が出るなんてすごい”って言っただけだよ。やったことあるなんて言ってなかった」

 その後、朝顔の鉢を見ながら少し話しをしていてあたしは二階の窓に吊ってある風鈴を思い出したのだ。
「ちょっと待ってて」あたしは急いで二階に上がったあと、一回降りてきて今度はお母さんを引っ張ってもう一度二階に上がった。
「ほら裕君、アサガオの風鈴だよ」あたしは紐と鈴を両手で持って来たものを紐だけ持って裕君の目の前に持ち上げて見せた。
 紐の下には丸くて透明なガラスの鈴に朝顔の花の絵が描いてあった。ピンクや紫の朝顔が咲いているそれに下がっている短冊に唇を尖らせて息を吹きかけてみると、風鈴はチリチリと涼しげな音色をたてた。
「いいでしょ、これ」あたしがそう言うと裕君は貸して、と言って手を伸ばしてくる。
「ダメよ。これガラスだから割れちゃうってお母さんが言ってたもん」あたしは精一杯背伸びをして朝顔の風鈴を高く掲げた。それでも短冊に手を伸ばそうとするのであたしは短冊の端も持ち上げた。
 その頃、学年は一つ違いでも五月生まれのあたしと三月生まれの裕君では背丈が全然違っていた。
 裕君は少し粘ったけど手が届かないのを思い知るとぷいっと背中を向けた。
「いいもん、そんなの。ウチの風鈴の方がずっといい音がするもん。ウチのは鉄でできてるんだよ」
 振り返って挑むような視線を向けて「リーン、リーンってすごくいい音がするんだよ。鉄だからカッコいいし」と怒ったような顔をした。

 鉄の風鈴はあたしも友達の家で見たことがあった。南部鉄って言ってたと思うけどその風鈴は確かに澄んだ音色がきれいな風鈴だった。でもウチのガラスの風鈴の方がずっと可愛いとも思った。友達にはそんなことは言わなかったけど、売り言葉に買い言葉とでも言うのだろう。裕君には思ってもいない言葉まで付け足して言い返したのだ。
「ふーん、裕君家には鉄の風鈴があるんだ。あたしも鉄の風鈴知ってるよ。でもあれってぜんぜん可愛くないし、淋しい音がするよね。お仏壇のチーンってするやつみたい」
 裕君はあたしの反撃に少し固まったあと、わぁって声を上げてあたしを両手で突いた。
 あたしは倒されはしなかったものの高く上げた風鈴は手から落ちて庭の土の上で粉々に砕け散った。
 裕君の声と泣き出したあたしに駆けつけた二人のお母さんに引き剥がされたあと、裕君はお母さんに頭を下げさせられてあたしに謝ったあと、怒ったまま泣きながら帰っていった。

「あはは、そんなこともあったね」あたしは紙包みを開いて箱を取り出した。
 出てきたのは本当にティッシュの箱を半分に切ったモノだった。切り口同士を差し込んで半分の大きさになった中から丸めた新聞紙と一緒にガラス製の風鈴が出てきた。
「テッッシュの箱って、笑える」手に取ってみるとガラスの表面では数匹の金魚が涼し気に泳いでいた。
「金魚なんだ……」何気なくつぶやいたら金魚の絵はなぜか輪郭が歪み始めた。
「何突然号泣してるの? 怒りがよみがえったとか? それとも金魚が気に入らなかった?」祐君が少しビビリながら尋ねてきた。
 あたしは自分が泣いていたんだと、言われて初めて気がついた。

「ううん、金魚はグッドチョイスだよ。カタチが金魚鉢っぽいしね。お父さんだかおじいちゃんが昔教えてくれたんだけど。祐君、涙は心の汗なんだよ。心がすごく熱くなったら、たくさん汗を流さなきゃダメなんだよ」枕元にいつも置いてあるタオルハンカチで涙をぬぐいながら敢えて真っすぐに裕君を見た。
「なんかね、そんな小さい頃の事も憶えていてくれて嬉しかった。大人になっても憶えていてくれるかな?」あたしはワザとらしく縋る様な眼差しを裕君に向けてみた。
「香織ちゃん小三くらいからはあんまり遊んでくれなかったじゃん」憶えていることなんてそんなに無いよ、と裕君はそっぽを向いた。
「祐君、小学生でも女の子には女の子のディープな付き合いというものが有るのだよ。お子ちゃまの相手をしている余裕はなかったのだ。祐君はそんなの理解しなくても良いんだけど、まあ有るって事だけは知ってた方が良いよ」

 そんな大技小技の応酬をしていると看護師の関さんが部屋に入ってきた。
「あら裕君ご苦労さま。今日も自転車で来たの?」と言いながらあたしの手元を見て目を瞠った。
「それって風鈴よね、裕君から?」
「そうです」と答える裕君に関さんは困った様な表情を見せた。
「あの――そういうのはダメなのよ。音の出るものは。気になっちゃう患者さんもいらっしゃるでしょう。風が吹くわけじゃないけど、エアコンもあるし……。ガラスっていうのもね」
 あたしははっとして裕君を見た。裕君も驚いた顔であたしを見ていた。
 裕君と目が合うとあたしは何故か急に冷静を取り戻した。思えば箱から風鈴を取り出したときにこうなる事はなんとなく解っていたのだ。何しろあたしはベテランの入院患者で、経験値で言えば関さんともそんなに変わりはない。
「関さん、絆創膏は持ってないですか?」そう言ったあたしに関さんも裕君も満面に『?』を貼り付けてあたしを見た。
 関さんはポケットから絆創膏を出すと「これで良かったら」とあたしに手渡してくれた。
「これねぇ舌(ぜつ)って言うんだって。知ってた?」あたしは風鈴の内側に紐で吊ってあるガラス棒の鈴に触れる部分に緩く絆創膏を巻き付けた。
 手に持って短冊に息を吹きかけても全く音はしなくなった。

「ほら、これで危なくないところに吊れば音もしないし危険でもないし。きれいだし。平穏の象徴みたいでしょ」