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「占領当時の犯罪捜査には非常に苦心しました。米軍関係は、部隊がすぐ移駐するので証拠保全が困難だし、米側の捜査官に熱意がない。熱意が無いどころか、アンダースンのように妨害して、こっちを苛めにかかってくる者もいるわけです。アンダースンという奴は悪い奴でした。保安関係なら、どんなことにも顔を出して横車を押す。帝銀事件のときでも、警視庁にやって来て……」
 流れるような話術が不意にそこで停った。走っているものが急に動かなくなった感じである。はっとして、思わず相手の顔を見たのは、聴いている仁科俊太郎の方であった。
 岡瀬隆吉は眼を遠くに遣って、しかも視線を動揺させている。唇を開けてはいるが声は出ていない。われわれが言ってはならぬことを、うっかりと言いかけて気づき、うろたえているときの表情と同じであった。
「帝銀事件にも?」
 仁科が追及したのは、それを覚った上での意地悪さではなく、興味に煽られてのことだった。
「いや、なに……」
 岡瀬隆吉は、益々、狼狽して、落ちつかない顔になり、手をあげて無意味に頸を掻いたりした。
「それは何でもなかったことですが」
 今までの元気な声が失われ、低い声で曖昧な言い方で結んだ。言葉だけでなく、唇まで閉じたのである。明らかに、彼は、自分の軽率に後悔し、その後悔を見破られないとして、ごまかしを思いつこうとしているようだった。つまり、退官したこの高級警察吏は、自分の在職時代の責任をまだ大事に守っている決心が窺えた。それに相手が悪い。新聞人なのだ。
 巧妙だが、見え透いた工作で、岡瀬隆吉は話題を回転して行った。今度は笑い声を頻りと挟んでくるのである。はっきりと、話をアンダースンに戻すことを、いや、うっかりと口に出してしまった帝銀事件という言葉を二度と繰り返すまいとする防御が見られた。話をひき出そうとしても無駄なのである。西洋人のよく使う表現によると、元警視庁幹部は、そのことでは牡蠣のように沈黙してしまったのである。
 
アフェリエイト:小説帝銀事件
 
と。なんだろう。本当に、どこかの新聞の論説委員が、元警視庁幹部と会ってこんなことになった事実でもあったのかしらん。セーチョーはそれを聞きつけてここに持ってきてるのかしらん。 
 
とにかく、これでわかるでしょうがGHQがもし〈七三一〉の捜査を無理にやめさせていてもそれは〈裏からの圧力〉であって〈正式な命令〉ではないはずです。関係者は口を閉ざし、記録はどこにもないわけだから、遠藤はオーケンに「強要があったらしい」と言えても「命令があった」と言えません。それを言ったら嘘になります。
 
なのに言ってる。変でしょう。なんでこんなこと誰も気づかねえんだろうな。
 
果たして当時に〈七三一〉の線を追うなという圧力はあったのか? どうでしょうねえ。なんとも言えない。けれどもひとつ、おれにはここで大きな疑問があるんだけど。
 
セーチョーの『小説帝銀事件』は初め、〈文藝春秋〉1959年5月から7月号にかけて連載されたという。遠藤誠のことこまかな解説によると、成智英雄は退職後の1972年頃まで主張を一般の雑誌などに書きつづけたという。
 
松本清張が帝銀事件について、退官した元警視庁幹部が新聞論説委員に対して口をつぐむ作品をフィクション(小説)として書いてるのと同じ時期に、退職した捜査主任が「真犯人は〈七三一〉の諏訪だ」と唱える手記を、純然たる実話として雑誌に書いてたの? いや間に13年の時があるにはあるけどさ。その成智英雄って、一体いつから手記を書いて出し始めたんだ?
 
というわけで、もしよかったら次の〈本〉もどうかよろしく。
 
少数報告 [電子書籍版]
https://books.rakuten.co.jp/rk/5f73a344c5003509ba02d5e48df7cabd/?l-id=item-c-seriesitem 
作品名:端数報告 作家名:島田信之