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これはそういうもんだと見てもう間違いはないんじゃないかとおれは思うがどうでしょう皆さん。
 
……と、それはいいとしても、これだけでは話がどうもおもしろくない。
 
これではおれという人間が、つまらないやつと思われてしまう。
 
画像:日本の黒い霧(上下二巻)の写真
 
それは困るのだ。てわけで、新聞の嘘つながりで、別の話をするとしましょう。
《マッカーサーは朝鮮戦争勃発翌日、共産党新聞〈アカハタ〉の発行停止を命じた》
と前に書きました。おれはこの通り『日本の黒い霧』も借り出してあらためて読んでみたんだが、するとこれにも、
 
   *
 
 このマッカーサー書簡とは、「共産党が有害な団体であり、大衆の暴力行為を扇動することによって平和で穏かな国土を無秩序の闘争場裡にしようとしている」ので、日共中央委員会全員を公職から追放し、さらに六月七日、「アカハタ」を「虚偽に満ち、煽動的、反動的呼びかけの記事と社説を満載している」として、編集局員をパージし、六月二十六日には「アカハタ」の一カ月停刊を、さらに七月十八日には無期停刊を命じたことを云うのだ。
 
アフェリエイト:日本の黒い霧
 
セーチョーがこう書いているページがあった。朝鮮戦争の勃発は1950年6月25日ね。
 
ひょっとして《五聖閣の占い》も〈アカハタ〉が書いたんじゃないかと思ったりするが、それはいいとして、なんでその日に停刊を命じたと言えば〈アカハタ〉が、朝鮮で始まった戦争を、
 
「韓国が先に攻撃した」
 
と書いたからである。
 
今となっては信じられない話だろうが、昭和の昔は一部にこれがまことしやかに言われたらしい。『黒い霧』には「謀略朝鮮戦争」という章があり、
 
   *
 
 朝鮮戦争の端緒についてよく云われる「南北のどちら側から先に攻撃を仕掛けたか」という問題は、今日でも興味のある謎である。アメリカの国務省の発表では、(略)とあって、北朝鮮側の侵入と断じている。(略)だから日本国民の大多数は今でも、北朝鮮軍が南朝鮮軍に仕掛けた、と信じている。
 
   *
 
と書いてある。おれはこの本、前に書いたように定食屋で帝銀事件の章だけを読んでそれきりだったもんだから、あまりのことに「えーっ!?」と驚きながら読み進めると、
 
   *
 
 このような資料からみると、南朝鮮側が三十八度線で先に火蓋を切った、という強い印象は免れない。しかし、もう一度繰返すが、南朝鮮側に比して北朝鮮側の資料は極めて手薄である。比重は南朝鮮側に遥かに重い。従って、この資料からは韓国やアメリカ側に歩の悪い結論の引出しとなった。もし、同量くらいの資料が北朝鮮側から発表されていたら、この比較はもっと明瞭になり、公平になるだろう。何故なら、南朝鮮が「侵入」するや、北朝鮮軍は忽ち「追い返した」だけでなく、破竹の勢いで京城を葬り、大田北方に進出し、別働隊はまた日本海側の江原道を快走で進撃した事実を知っているし、開戦数日にして、韓国軍に代ったアメリカ軍を相手にしてそれを南朝鮮の一隅に追い込んだ実力にわれわれは驚歎しているからである。
 もとより、それは北朝鮮側が云うように、アメリカ占領地の民族解放に燃えた熱意や、「三十八度線より遥か離れた後方」で受けた訓練の成果もモノを云ったに違いないが、優秀な近代的作戦の起源も知りたいからである。
 
   *
 
こんなこと書いてある。セーチョーの頭の中ではその日未明に韓国が先に38度線を越えたけど、朝のうちに殲滅されて逆に南に攻めてこられたに違いない、ということになっちゃってるのだ。
 
 
ガダルカナルの一木支隊だってそこまで簡単にやられていない。
 
 
こんなバカげた話はない。真珠湾で奇襲攻撃に失敗し〈ラト、ラト、ラト!〉となったとしても、その日のうちに南雲艦隊が殲滅されて百隻の米艦隊が日本に向かって進み始めるなんてことにはまさかならない。
 
よねえ。できるわけないことですよ。10万の軍が奇襲を受けたその日のうちに足並み揃えて逆に敵に攻め入るなんて。でもセーチョーは、この通り、北朝鮮は優秀だからできると信じちゃっている。
 
北朝鮮に正義があるからできると信じているのがわかる……いや、引用ではおれが話を作っていると思われるかもだからスキャンしたのをお見せするが、
 
画像:日本の黒い霧(下巻)378-379ページ
 
ね。おわかりになるでしょう。セーチョーは朝鮮戦争を、マッカーサーが韓国に裏で命じて始めさせたものの、アテが外れて大苦戦することになったもんだと本気で考え信じ込んでいるのである。
 
信じられない。これに比べりゃ地球が平らでシャーロック・ホームズが実在する話の方がまだマトモかもしれない。が、まだまだこんなもんじゃないぞ。さらにセーチョーは、
 
   *
 
(略)北朝鮮では、朝鮮労働党中央局が全朝鮮の平和的統一を具現するための組織的な主体となった。党の中央は、南朝鮮の特殊な条件に照らして北朝鮮に置かれた。さらに、これは他の人民委員会を集めて「北朝鮮臨時人民委員会」となり、金日成が委員長に就任した。四八年二月には、北朝鮮人民会議は人民軍の創設を決定した。
 南朝鮮では、一切の批判、一切の抵抗は許されなかった。四六年十月、大邱を中心として南朝鮮全域に捲き起った大規模の人民抗争は、二百万余りの人員が抗議に参加し、アメリカ空軍、機動部隊がこの弾圧に動員された。この時、殺された者三百名、行方不明三千六百名、逮捕、投獄されたもの一万五千名に及んだ。
 (略)
 この南朝鮮側の記録に対して北朝鮮側は、着々と金日成の指導によって基礎が固まり、工業生産力の建設となった。これは北朝鮮の記録にはもっと讃美的な修辞で書かれているが、公平に考えてあまり間違いはないように思える。何となれば、北朝鮮では南朝鮮のようなストライキや暴動や暗殺などが見られないからである。重工業建設のために一般の農民の「不平」が宣伝されているくらいなもので、南朝鮮側のような暗黒的な印象は、北朝鮮側からは受けないのだ。
 
   *
 
なんて書いちゃっている! 北朝鮮いい国! 韓国は悪い国! いやまあかつての韓国がかなりひどい国だったのは、最近の映画『タクシー運転手』なんてのでも描かれているところであるが、
 
アフェリエイト:タクシー運転手(ブルーレイ)
 
それでもだ。セーチョーはさらに、
 
   *
 
 朝鮮戦争は、前にも触れたように、南朝鮮側には資料が豊富だが、北朝鮮側の資料は少い。この戦争に関して北朝鮮側が発表したものは、米韓軍を敗北させた経過と、士気の旺盛だったことを述べているものばかりで、情勢分析の客観的資料といったものは殆ど無い。もし、北朝鮮側からの資料がもっと潤沢に出されたら、朝鮮戦争自体に対する分析、評価はもっと精密になるだろう。
 (略)
 この北朝鮮側資料の「欠乏」の理由は、想像されぬではない。どのような国でも弱点はあるし、批判さるべき欠点は持っている。北朝鮮側は資料の発表が「敵」の逆宣伝の材料になるのを恐れているのかもしれない。
 
   *
 
作品名:端数報告 作家名:島田信之