端数報告
と書く。韓国ではまだ情報が明かされるから悪い話も表に出るが、北朝鮮はすべて閉ざしているから真っ暗闇なのだ、とは考えない。北朝鮮を本気でいい国と信じているのだ。
あなたは「バカな」と思うかもだが、別にセーチョーに限らない。当時(『黒い霧』の雑誌連載は1960年)のインテリゲンチャはみんなこんなもんだった。上坂すみれがソ連を愛するように本気で理想国家がそこで建設されてると信じ、ソ連がそうであるがゆえに北朝鮮も〈善い国〉と信じた。だから帝銀事件もまた、GHQの実験であり平沢は無実ということになる。
それがインテリゲンチャの論理だ。マッカーサーはダースベイダー。日本と世界を暗黒面に導こうとする男。戦後10年くらいに起きた悪いことのすべてはだからマッカーサーの謀略で、帝銀事件もそうに決まっているのだから朝鮮戦争もそうに決まっている。
それが松本清張の論理だ。平沢貞通は帝国の逆襲を受けたルーク・スカイウォーカーだ。マッカーサーの罠に嵌まって「嘘だーっ!!」と叫びながらに落ちていった。
救けなければ! 救けなければ! という考えで頭が一杯のヨーダな人が松本清張だということが、これでおわかりになるでしょう。昭和の昔に共産主義にかぶれた者らが共産主義を信じたいから平沢を無実であるということにしたい。だから都合の悪い事実の一切をネジ曲げる。自衛隊を廃止させ、米軍を追い出したいから犯人は〈七三一〉の元隊員で、GHQの実験だというイカレた論を振りかざす。ジェダイの騎士のつもりでいる彼らにはそれがライトセーバー。
というだけのすべてが幼稚な話なのだ、平沢貞通は冤罪だなんていうものは。話のどれひとつとして〈東スポ〉あたりの与太記事と変わるものなどないのだが、セーチョーという与太郎が信じて書くからインテリゲンチャがみんなみんな信じてしまった。
で、『日本の黒い霧』。〈謀略朝鮮戦争〉だが、もうひとつスキャンして見せよう。さらにセーチョーは、
画像:日本の黒い霧(下巻)376-377ページ
こう書いている。なんと、アメリカが朝鮮で生物兵器を使った! 〈七三一〉の研究を元に! 溝呂木ナントカが本に書いてたことじゃないか。ひょっとして、あいつ、これを読んでたんかな。
てことは、あいつ、韓国が先に攻撃したってのも信じてんのか。だろうな。しかし、
「なんだ、やっぱり使ってたんじゃないか。島田さんよお、あんたの考え、間違ってるじゃん」
とお思いになる前に、ページのアタマ、おれが赤で線を引いたところをよく見てほしい。
北朝鮮と中国側の発表によると、
って書いてあるじゃんか! 『北朝鮮と中国側の発表によると』っていうことは、北朝鮮と中国側の発表によるということなんじゃないか!
北朝鮮の言うことがなんで信じられるんだよう。それはもちろん連中はこんな宣伝するだろつーの。これを信じてセーチョーみたいに、
ある程度信用していいのではないかと思う。
と言ったりとか、溝呂木ナントカみたいに、
巨大な闇の存在を感じずにはいられない。
だとか言っちゃうようではもう本当に、あなたは与太郎と言うしかないです。生物兵器。バカげてる。
《この戦争に関して北朝鮮側が発表したものは、米韓軍を敗北させた経過と、士気の旺盛だったことを述べているものばかりで、情勢分析の客観的資料といったものは殆ど無い》はずだった北朝鮮が、こういうことは発表する。それをセーチョーや溝呂木は、変だと思わないわけだ。帝銀事件のGHQ実験説にとっては都合のいい話だから疑わない。
だが北朝鮮がそう発表してるだけの話じゃねえか。『アメリカ側ではそれを中国や北朝鮮の巧妙な宣伝だ、といっている。』と書いてあるけど、いや、巧妙でなく〈稚拙な宣伝〉でしょう。こんなもん真に受けるのはヨタローだ。
だからね、『これらのものを発見する直前、アメリカの空軍機が低く旋回して爆弾を落さずに飛び去った、ということだった。』なんて書いてあるけれど、その飛行機が離着陸に失敗したら彼らの基地で〈見えない悪魔〉が解き放たれて帝銀事件の椎名町支店みたいになるじゃないですか。そのリスクを考えたら、生物兵器は危なっかしくて使えぬし、別にリスクを冒してまで使いたいほどの兵器じゃないという結論になりそうじゃないですか。
だからそっちがミリオタの常識という話は何度もしてるでしょう。セーチョーが書いたこれは明らかに北朝鮮のプロパガンダ。そういう国なの今ではみんな知ってますよね。セーチョーは1992年に死んでいて、たぶん臨終のそのときまで、金正日をマルクス主義の最後の希望、韓国を叩き潰して朝鮮半島をこの世の天国に変える男と信じていたんじゃないかと思うが。
武器は危険なものである、だから安全でなければならない。変なことを言ってるようだがしかし――なんていう話は、おれが小説投稿サイトに出してる、
敵中横断二九六光年2 ゴルディオンの結び目(2.novelist投稿小説)
という小説に書いているのでよろしければ。リンクはこちら。
https://2.novelist.jp/73396_p34.html
というわけで余談の方が長くなってしまいましたが、なぜオーケンが遠藤誠に騙されたかの話はひとまず終わりです。けれどもネタはまだまだたくさんありますからお楽しみに。それではまた。