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権威筋の秘密捜査官の手記によると丸刈りだ


 
コロナウイルスのためずっと閉鎖していた図書館がようやく戸を開けてくれたので、早速、
 
画像:帝銀事件と平沢貞通氏表紙
 
この本を借り出したのを前回お知らせしました。で、今回は読んでわかったことをいくつか。
 
   1
 
まず、《軽い詐欺事件みたいの》ですが、やっぱり「は〜い」の一件のことしか書いてないですな。一万円を持っていった件ひとつで人々がみな平沢をクロと断じたことになってる。スキャンして見せると、
 
画像:帝銀事件と平沢貞通氏60-61ページ
 
こうだ。正確に言うと全420ページの本の巻末170ページもが〈資料編〉となっていて、そこに第一審判決の抄が載せられ、続く三件の詐欺未遂は、
 
画像:帝銀事件と平沢貞通氏・資料編のページ写真
 
画像:帝銀事件と平沢貞通氏253-258ページ
 
この赤で囲った部分に紛れ込ませてあるんだけど、オーケンは読んでないでしょう。
 
   2
 
次に、《ナゾの名刺事件》。松井名刺の交換相手は128人(93枚を一部数名と交換している)。なのに遠藤が《数百名》と『のほほん人間革命』に書いているのを前から不審に思ってたんだが、そのナゾは解けました。なんと、100枚の名刺を600枚に増やしていたのだ。
 
画像:帝銀事件と平沢貞通氏40-41ページ
 
と、この通り。《記憶のはっきりしない松井氏の応答に拘わらず》だとか書いてるが、しかしセーチョーは『小説』に、
 
   *
 
 この二十二年という年には、八月に、天皇の東北巡幸があったので、松井博士は防疫を受持った関係から、巡幸の道筋を先廻りして歩いたので、名刺は、ほとんど東北地方全域にばらまかれていた。博士は几帳面な人で、交換した相手の名刺には、たいてい日付を記入してあった。それと、日記にも、誰と会った、ということが記されてあるので、およそ問題の期間に、博士と接触したと思われる人は、毎夜定時通話で、東京の捜査本部に連絡され、そこからさらに、それらの人の居住地の警察に、無電で手配されて身辺が調べられた。
 たいていの人は、交換した名刺を、せいぜい名刺帳に保存するくらいで、日付まで書き込みはしない。捨ててしまうのも多いのである。もし、松井博士がこのように珍しいくらい几帳面でなかったら、テンペラ画家平沢貞通は事件の表面に姿を現わすことはなかったかもしれない。
 
アフェリエイト:小説帝銀事件
 
こう書いている。その100枚は博士の巡幸先廻りの旅の名刺で平沢と旅の途中で会ったのだから、事情を知ってる人間に通る理屈じゃありませんよね。
 
が、オーケンは知らないのだから受け入れてしまうと。《アッ、スラれた》の件についても、スキャンして見せると、
 
画像:帝銀事件と平沢貞通氏104-105ページ
 
こうだ。青で囲った部分がそれだが、これがまったくの嘘なのはもう皆さんおわかりですよね。
 
で、緑で囲った部分。名刺の裏に博士が住所を書いたとし、博士が法廷で「書いたかもしれません」と証言したことになっているが、セーチョーは『小説』に、
 
   *
 
 当の松井博士は、名刺の裏に鉛筆で住所を書いたかどうか覚えていないし、また、青函連絡船で平沢と会ったときの状況もよく記憶していないのである。
 
   *
 
と書いている。どうも酒でも飲んでたようだが、記憶がないから「書いたかもしれない」なのだ。
 
で、さて、《ナゾの名刺事件》と言えば《五聖閣の占い》だが、もちろん新たにわかったことがありました。でもそいつは今は語らず、別に稿を起こして書きたいと思います。お楽しみに。
 
   3
 
何しろいちいち書いていったらどれだけ長くなるかわからん。てわけで今日は、あとふたつ、《諏訪中佐》と《GHQの捜査中止命令》についてだけ話すと致しましょう。先にページをスキャンしたのをお見せしますが、
 
画像:帝銀事件と平沢貞通氏190-191ページ
 
こうだ。青で囲った部分をまずお読みください。
 
《成智英雄の手記によれば諏訪は原因不明の怪死》と言うが、なんとその成智が書いた手記のひとつが〈資料編〉に載せられていた。二段組で18ページ半もある長大なものであったのだが、諏訪については半ページ、
 
画像:帝銀事件と平沢貞通氏352ページ上段
 
これしか書かれていない。人相、風体、骨格は一致と言えば一致のようだが、別に《ピタリ》とは書いてない。
 
それはいいとして、《頭髪は丸刈り》? 行方不明でアリバイもわからないから《アリバイその他で、犯人と》認められちゃってる人物が、事件当日丸刈りだったとどうしてわかるのだろう。一度バリカンで刈ったら最後そのまま伸びない人なのか。
 
それもいいとして、その死について、
 
《昭和二十四年に死亡。けっきょく死人に口なし。》
 
と、これしか書いてない。これでは確かに死因がわからないけれど、これでは確かに死因がわからないだけだ。
 
成智が死因を書き残していないから遠藤に死因がわからないだけじゃないのか? それをいいことに《原因不明の怪死》と言ってる。
 
だけなのではないかとしか、これを読む限りでは思えない。死因にほんとに怪しいところがあるのなら成智もそう書きそうなものだが、これはそういうものじゃないのだ。なのに遠藤の論法では、《初等数学で言う消去法》により、
 
「同中佐と帝銀事件とのつながりは明らかになった」と言って、いささかも差し支えない。
 
ことになるわけか。《パビナール中毒の変質者》というところに食いつくオーケンもオーケンだが、しかしそれもいいとして、
 
画像:帝銀事件と平沢貞通氏340ページ下段
 
これがその成智手記の最初のページなんですけど、見て見て、肩書のところ!
 
元警視庁捜査二課秘密捜査官
 
だって! この人、自分でそう名乗ってたのか?
 
   4
 
で、最後に《GHQ捜査禁止命令》。さっき見せたページのうち緑で囲った部分ですが、そこに、
 
《遠藤美佐雄記者の手記(三三五頁参照)を証拠として出した。》
 
と書いてあるのがわかりますね。その手記から当該の部分をスキャンすると、
 
画像:帝銀事件と平沢貞通氏338ページ上段
 
こうです。読めば遠藤美佐雄とは読売新聞の記者とおわかりになるでしょうが、警視庁刑事部長の藤田次郎というのから、
 
『(七三一)から手を引いてくれないか。権威筋からの命令でね』
 
と言われたという。これを証拠に、遠藤誠はオーケンとの対談で、
 
   *
 
遠藤「そう。しかし、GHQアメリカ軍総司令部は警視庁に対して、七三一に対する捜査中止命令を出した」
 
アフェリエイト:のほほん人間革命
 
と言ったのがわかる。
 
が、これは一新聞記者が一警察官僚に手を引くよう言われただけで、『それでもボクは』の「まさか起訴すると思わなかった」の話と同じだ。遠藤美佐雄が勝手にアメリカ当局に命令されたものと受け取り、《新聞社への取材中止の圧力》がなぜか《GHQが警視庁に七三一の捜査中止命令を出した証拠》ということになる。
 
作品名:端数報告 作家名:島田信之