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何年間も! このおれともあろう者が! ああ悔しい。だからオーケンのことを必ずしも言えないのだが、嘘じゃないよ。本当に、そんな本があったんだ。ボクは読んだんだ。《疑惑の鑑定》うんぬんといって、もっともらしいことが書かれてまだまだ青い愚かなボクを騙した本が図書館にあったんだ。
 
やるぞーっ! きっとあの本を見つけてあの嘘つきの名前を突き止めここにさらしてやるんだ! とまでは思ってないのだが、青酸パリダカラリーの話は前に書いたきりちゃんとおさらいしてなかったね。で、今回のお話は借りてきた5冊のうち、
 
アフェリエイト:戦後ニッポン犯罪史(本)
 
これである。340ページあるけど、帝銀事件については5ページ。その全文をスキャンして見せよう。
 
画像:戦後ニッポン犯罪史26-31ページ
 
で、
 
1.(平沢が犯人というのを)そのまま信じている人がどれだけいるのだろうか。
 
まったくだ。この事件は世界的に有名だが、犯人は平沢などと信じてるのはひょっとして世界におれひとりなんじゃないかといつも思っている。
 
 
2.現金、小切手を奪って逃走した。
 
物盗りの犯行に見せかけるため現金を持っていくのはわかるが、なんで小切手? これを翌日に現金化しているが、組織による毒の実験だというのなら変だろう。大金を必要とする個人の犯行でないのならば有り得まい。
 
 
3.一人で実行でき、しかも手間がかからない。
 
そうかもしれんが、前回書いたようにだからなんでGHQの実験なのに単独による犯行なのか。単独でなければならない必要がどこにあるのか。おれにはひとりでやってることが、実験では有り得ぬことの確かな証左としか思えません。
 
 
4.毒薬は遅効性のものを選ぶ必要があった。
 
もっともらしく聞こえるが、セーチョーの『小説帝銀事件』には、前に書いた《青酸カリはハイポを先に飲んでおけば大丈夫》の他、
 
   *
 
(略)この事件の関係者である薬の専門家が、青酸カリと酢を一緒に飲ませればよくきく、という談話を新聞に出したので、さては石炭酸も飲ましたのではないかと、聖母病院にかけつけて調べたところ、石炭酸の空瓶を使ったことがわかった。(略)
 
アフェリエイト:小説帝銀事件
 
なんてことが書かれてたりして、それが事件から11年後くらいまでのもっともらしい情報だった。
 
それがいつの間にか、《遅効性でなければ成功しないから青酸カリでない》なんて話がまことしやかに言われるようになるのだが、一体いつから、何を根拠に。
 
そして、
 
 
5.犯人は過去に(もちろん載時中)、このような大量毒殺の方法を工夫し、かつ実際に手がけてきた人物に違いない。
 
これももっともらしいけれど、推測でものを言っているのに過ぎない。日本軍が大量毒殺をやっていた信頼できる記録でもあるのか。
 
などと思っていると、
 
 
6.当時の警視庁捜査第一係長甲斐文助氏が残した「甲斐手記」
 
出た! 甲斐手記! 遂に内容が明らかになるのか? どんなことが書いてあるんだ?
 
 
7.青酸ニトリール
 
おお、青酸ニトリール。ニトリール! この名前はセーチョーの『日本の黒い霧』でも確か見たことあるぞ。ニトリール!
 
すげえ。なんだか大量に毒殺できそうな名前じゃないか。ニトリール! 『小説帝銀事件』にはこの名は出て来ず、青酸カリで押し通されていたものが、『黒い霧』では《遅効性のニトリール》。
 
40歳になってるおれが定食屋で「ガセくせえ」とだけ思って読んだやつだ。セーチョーもきっと、その甲斐文書を読んで本気にしたんだろうな。もっともらしいと言えば結構もっともらしい。
 
でもそういうのを「ガセくさい」と言うのである。《ハイポを先に飲んでおけば大丈夫》とか、《酢を混ぜればよくきく》というのと何も変わらない。
 
ハイポだ酢だと言っていたのが〈特殊なもの〉に変わっただけだ。すると遅効性になる、などと言ってるだけ。〈特殊なもの〉ってハイポと石炭酸じゃないのか?
 
尚、一緒に借りてきた
 
アフェリエイト:毒の事件簿(電子書籍)
 
この本には、帝銀事件の毒について、
 
   *
 
 可能性を指摘されているのがシアンヒドリンです。これは特殊な化学物質であり、酸にあうと青酸(HCN、正式名:シアン化水素)を発生します。シアンヒドリンは天然にも存在し、バラ科の青梅の種子などに含まれるアミグダリンが良く知られています。シアンヒドリンを飲むと、胃の中の酸によって分解し、青酸を発生して被害者を死に至らしめるのです。しかし、胃の中でこの反応が完結するまでには時間がかかります。確かに帝銀事件の毒物としては可能性があるといえるでしょう。
 
   *
 
などと書いてあったりする。シアンヒドリン、シアン化水素。
 
青酸カリが正式には〈シアン化カリウム〉だから、青酸ニトリールは〈シアン化ニトリール〉ということになるのだろうか。GHQ実験説を唱える者には要するに青酸カリ以外のシアン系毒物ならなんでもいいのだろう。これを書いた齋藤勝裕というやつにしても、その同類というのに過ぎない。
 
そのなんとかとニトリールと青酸カリの三種類を少しずつ量を変えて30人に飲ませてどうなるかを見た人間がただのひとりでもいると言うのか。この齋藤勝裕ってやつはやったうえで「青酸カリじゃない」と言ってるわけなのか。違うのならば黙っていやがれ。
 
〈甲斐文書〉にせよなんにせよ、それが明らかにしているのは、《犯行がGHQの実験であること》などではまったくない。毒は《ある種の青酸化合物》とまでしかわかってないこと。それだけだ。なのに学者という学者が、
 
「オレならシアン化パリを使うね。だから毒はシアン化パリだ」
「いーやオレならシアン化ラリだな。だから毒はシアン化ラリだ」
 
などと言い合ってしまっている。というのがあらためてこれでよくわかるだろう。
 
 
8.信憑性は高いといえるだろう。
 
まあな。振り込め詐欺師の言うことだって、信憑性が高い気がしてカネを出しちゃう人はいるよな。
 
だが、このブログでおれが再三言ってるように、どんなことでもすぐ鵜呑みにする前にまずガセを疑うべきです。「信憑性は高いといえるだろう」なんて言葉は信憑性の低い話を信じたい者が自分を納得させるために自分に言い聞かせる言葉。こんな言葉を使う人間を簡単に信じてはいけません。
 
何より、
《捕虜がうたぐるので、擬装して自分が先に飲むことがあった。》
なんて書いているのがガセくさい。「ピペットで上の油を採って飲んだ」とどうせ言うのだろうが、あなたなら「そうすりゃ大丈夫」と言われてやるか。
 
おれだったらちょっとイヤだね。「ハイポを先に飲んでおけば」よりはマシだがそれでもヤだね。それにそんなことしたからといって捕虜が信じて飲むと思うか。
 
有り得ねえだろ。南京病院とかいうところでやれるんなら、捕虜がいやがったら何人かで押さえつけて無理に飲ませりゃいいだろう。どうして擬装の必要があるのか。
 
作品名:端数報告 作家名:島田信之