端数報告
裏を取らずに信じるな
ハートをつけたらかわいかろ。帝銀事件はヤバかろう。絵描きの無実を信じる者らの怒りのハートに火をつけたなら、このブログはボーンメラメラと大炎上。ヤバイ○○になるのじゃないか?
それでもそういうことが好き! ということで皆様ぁーっ! ズドラーストビチェ! 今回も帝銀事件です。
私が帝銀事件のあらましを知ったのは小学校五年か六年のことだったと思います。名前だけならそれ以前からチラチラと耳にしてたと思うんですが、夏休みだかに親戚の家に泊まりに行くと、従妹(いとこ)でまだ幼稚園の○子ちゃんの本棚に〈帝銀事件〉と書かれた本が。
「凄いなあ。こんな本を読んでるのか」
って、おじさん(おれには)が突っ込んだもんに違いないけど、突っ込むなよ。そんなもんを幼女の棚に! で、初めのところだけ読んでみてみて、シビレましたね。すげえ、本当にこんなことが!
けどそのときはそこだけでした。〈冤罪〉なんて単語はそもそも読めもしなかったんじゃないかな。その後に「犯人は〈七三一〉」とか、「平沢は無実」という話をチラホラ耳にはするが、
「遠い昔の話じゃん」
と。『まんが日本昔ばなし』の中の〈雉(キジ)も鳴かずば〉のエピソードと変わらんわけです。おれにとっては。怖いねー、ひどい話ですねー、と、その程度のもんであって、平沢がまだ生きてると思っていない。昭和が終わって平成になり、二年くらいしたところで、
「え? 死んだのはちょっと前?」
という。それまでてっきり、その平沢ナニガシは、おれが生まれる前に死んでるもんとばかり思ってました。
死んだときニュースになってもいるだろうけどまったく気づきませんでした。そのとき、高校出てすぐか。それどころじゃねえてなもんだよ。結局のところ歴史に過ぎず、《再鑑定で警察は、毒が青酸カリでなく青酸○○○○と掴んでいた。にもかかわらずGHQ……》というのを読んで、
「なるほど、だったら犯人は、〈七三一〉の元隊員なんだろうな」
と思うがまあGHQ。ゴボウを食わすと殺される相手なんじゃしょうがない。
なんか知らんが、寸借詐欺を働いたような話も聞く。ゴボウ食わさずば吊るされまいに。鷺(サギ)も籠には入れられまいに。やっぱり遠い、遠い昔の物語じゃん。
その程度の認識も持った。本を図書館で借りては返し借りては返ししていれば、たびたび帝銀事件にぶつかる。書いてあることはいつも同じで、
《再鑑定で警察は、毒が青酸カリでなく青酸△△△△と掴んでいた。にもかかわらずGHQ……》
《再鑑定で警察は、毒が青酸カリでなく青酸□□□□と掴んでいた。にもかかわらずGHQ……》
しかしなんだか毒の名前が毎度違う気がするな、と思うけどそれを不審に感じるまでにいかない。何より前になんといったか憶えているわけじゃない。二十代はそうして過ぎた。
ただ、GHQの人体実験うんぬんについてはほんの一瞬たりとも、真に受けたことはなかった。「それは絶対に有り得ない。圧力をかけたとかいう話もデマに違いない」と思った。「GHQがそんなことするはずない」と思ったわけではない。「それは実験になってないし、やるならもっとうまい手がいくらでもあるはずだ」と思ったのだ。最初にその話を知った0.001秒後にそう思い、ただの一度も、ピクリとも、これが揺らいだことはない。
つい信じてしまったのは犯人が〈七三一〉の元隊員というところだけである。カネ目当てにやったんだろう。そんな時代でもあったんだろう。『第三の男』をかける映画館に人が押し寄せた時代だろう。
そう思っていた。そうやって、三十を過ぎたしばらく後に、
アフェリエイト:のほほん人間革命(電子書籍)
この本を読んで、おや、と思うことになる。
「なんじゃそりゃああっ!!」
と思われるかもしれないが、この本の中に「遠藤誠を知れ!」という一章があったのだ。大槻ケンヂがこれを書いた1995年当時に平沢貞通の弁護団長をしていた弁護士・遠藤誠と対談するもので、どうやらそもそもオーケンが遠藤著の『帝銀事件と平沢貞通氏』という2800円もするらしい本を読んで平沢の無実を信じ、対談を申し込んだらしい。
2800円……何ページあるんだ……おれなんて、『小説帝銀事件』さえ半分も読んじゃいないのに……しかしオーケンはそれをむさぼり読んだらしい。
で、対談が始まるのだがその内容がどうもおれには妙に感じた。遠藤という男がオーケンに語る言葉のすべてに違和感をおぼえる。なんだか言うこと言うこといちいち、「消防署の方から来た」と言ってるみたいに読める。
遠藤「僕は消防署の方から来たの」
大槻「消防署の人なんですね」
遠藤「そう。消火器は全部の部屋に二本ずつ置かなきゃいけないことになってんの。そうしなけばいけないと、消防署の方では言っててちゃんと決まってることなんですね」
大槻「そんな話、この本を読んで初めて知ったんですが、これによると……」
遠藤「消火器を買わないと、火が出ても消せないでしょう。なのになぜ買わないのかという話になるんです」
と、おれにはこのふたりの対話を文に起こしたもののすべてがそう読めるのだ。そんなふうにしか読めないのだ。いや、と言うか、帝銀事件以外はそうでもないのだが、帝銀となるとまるっきり、交わされる言葉が変に思える。
中でもいちばん凄いのがこれだ。
*
大槻「で、その名刺を調べていくうちに何枚か怪しい名刺があったと」
遠藤「ハイハイハイハイ」
大槻「で、その時、遠藤弁護士に言わせれば、ちょっと思い込みの激しい……」
遠藤「居木井警部補ね」
大槻「その思い込みの激しい居木井警部補が、なんですか、占いの……」
遠藤「大田区入新井にあった占い館『五聖閣』っていったかな」
大槻「……に行って、占いの人に見せて、「これだ」って言ったのが平沢さんだったという」
遠藤「そうです」
大槻「しかし、こんなことがあっていいんですか?」
遠藤「あってよくないと思うんだけど、あっていけないことがいまだにまかり通ってるんですよ。(略)」
*
とあって、これに、
*
【五聖閣】大田区入新井にあった姓名判断師。以前から、居木井警部補が出入りし、その霊験あらたかなことを信じていた。平沢氏がニセの自白をさせられたあと、居木井は五聖閣に「明鑑を感謝す」という令状を出している。
*
という注釈がついている(カッコ「」【】はおれ)。「えーっ?」というような話であり、それが事実ならとんでもないとは思うが、しかしその後だ。この本のあとがきに、
*
なお、注釈の部分に関しては、大槻、編集部の合同執筆です。
「遠藤誠を知れ!」では、遠藤誠氏みずからが、ことこまかな解説を書いてくださいました。ありがとうございます。
*
と書いてある。え? え? え?
だったら信用できないじゃないか。どうとでも嘘をつけるじゃないか。警察内部で居木井を妬む人間が、
「居木井はなあ、占い師の御託宣で動いてたんだ。おまけにその占い師に礼状なんか書いてたんだぞ!」