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それはカッコウのヒナの口


 
帝銀事件と言えば七三一部隊。七三一部隊と言えばペスト菌。ペスト菌と言えば周防正行、じゃなくてコロナウイルスである。これは読書ブログだから本の話をするために、おれが住む町の図書館の今のようすを見に行ってみると、そこはまるで写真で見る七三一部隊のペスト菌培養施設みたいになってる。
 
バリケードが並べ置かれた向こうに『アウトブレイク』って映画の看護婦みたいなおばさんが立ち、決死の顔で、
 
「予約はありますか? でなければここを通すわけにいきません!」
 
と叫んで入れてくれないから、その頭越しに中を覗くと、かつてロビーだったところがスピルバーグの『E.T.』でエイリアン学者の押し込みを受けたエリオット少年の家みたいになっており、ビニールカーテンの向こうで宇宙服みたいなものを着た者達が何かやってる。
 
宇宙人を解剖してるとしか見て思えない光景だけど、宇宙人を解剖してるわけではたぶんないのだろう。何万という本をセッセと消毒してるんだろうと思うがしかし……。
 
 
図書館の本で感染するくらいなら人類は去年のうちに絶滅している。
 
 
と言っても無駄だろうなあ、とおばさんの顔を見ながら思った。〈外出自粛〉とは電車に乗ったりとか、人が集まるところに行くのは控えろという意味であって、住宅街の中にある図書館に入るなってことじゃねえだろう。図書館とはもともと人が互いに距離を取りながら静かに本を読む場所だろう。
 
おうちで読む本を借りる場所だろうがよ。こんなときこそ平常通り開けんでどうする。
 
というのが何をどう考えても正しい意見なんじゃねえのかとおれは思うが、図書館員のやつらの考えは違うらしい。おばさんの眼が、「業務はネットで予約された本の貸出だけでいい」と吠えたてている。おれを見る眼は『それでもボクはやってない』で加瀬亮演じる〈ボク〉を支援する役のエキストラ達の眼だ。その者達が刑事や検事や小日向文世演じる二人目の判事を見る眼だ。命に代えても阻止せねばならないパブリック・エナミーを見る眼。
 
自分がやってる今の仕事が人類を救うと信じ切ってる。そしてどうやらその使命に、感染覚悟の命懸けで臨んでいるのが見てよくわかる。
 
が、
 
 
「新刊本をタダ読みしようというやつに本を貸してやることがそんなに大事な仕事なのか。あんたの命を懸けるほどに大事な仕事なのかよおっっ!!」
 
 
と、おれは聞きたかったが聞かずにおいた。どうせ聞いても「そうだ」という答が来るだけに決まっている。
 
そんなところに、道をやって来た人がいて、
 
「予約の本が入ったという報せをもらったんですが」
 
と言うとおばさんの表情が変わった。急に明るく、
 
「はい、ご予約の方ですね? 少々お待ちください!」
 
言ったと思うとカードを受け取り、図書館の中に持っていった。するとほどなく宇宙服姿の者が、真空パックでもされてるらしい本を何冊か持って出て来た。それをどうやら消毒液らしき槽に入れてザブザブ洗い、機械にかけて水滴を飛ばす。そいつはそれをおばさんに渡してまた引っ込んでいった。
 
おばさんは「おほほほほ」と笑いながら、
 
「はい、こちらとこちらですね。どうもありがとうございます。万全の消毒を施してありますので安心してお持ちください。ええ最近はもう本当に大変なことで。だからこの機会にですね、古い本はみんな捨てて、今後は新しい本だけをネット予約の方に貸す。業務はそれだけにすべきじゃないかとみんなで話してるところなんです。ねえ。その方がいいですよねえ。ベストセラーの本だけをもっとたくさん買うようにすれば、何ヶ月も待たせることもなくなるわけなんですから。利用者あっての図書館ですもの。だからそうするべきだって、ずっと前からあたしらなんかは言っていたのに、『それじゃいけない』なんて言う頭の変な人が多くて、わけわかんない。いっそそんなのみんなコロナで死ねばいいのにと思いませんか?」
 
などと言いつつ「おほほほほ」と笑っていたが、その顔が、ふとこちらを見てまだおれがいるのに気づいて恐怖の表情に変わった。
 
まるでネズミがネコを見るかのようである。「ヒィ――ッ!!」と悲鳴を上げて図書館の中に逃げ込んでいった。
 
すぐに宇宙服の者らが何人も飛び出してくる。ひとりがおれをジロジロ見ながら、
 
「ご予約の方ですか」
 
「いいえ」
 
「ではお引き取りください。予約の方以外はお断りしております」
 
「そうですか」
 
と言って帰ってきたが、そんなわけで図書館でいま本を借りられない。読みたい本や引用したい本はたくさんあるのになあ。
 
アフェリエイト:アウトブレイク(ブルーレイ)
 
ちょっと話を作ったけれど、でもほんのちょっとである。今どきの図書館員はほとんどみんな、図書館にとっていちばん重要な業務は新刊ベストセラーをブックオフで百円の台に山積みされるまでの間、ネットで予約する者に多く貸すことと考えている。そう信じて疑っていない。
 
 
「お前らがやっていることは、カッコウのヒナにエサを運ぶバカな鳥と同じだよ!」
 
 
と言っても無駄なことだ。カッコウに托卵された鳥の眼には、巣の中にいるヒナの口しか見えない。おれ自身はあいつらに、
 
「予約の本が入ったという報せをもらったんですが」
 
とは死んでも言いたくないから、コロナの危機が去った後にもずっと永久に、本が借りられないかもしれない。今やどこの図書館でも、図書館員どもは12人中10人くらいが、
 
「もう業務はベストセラーの予約貸出だけにしましょう。古い本は捨てましょう」
 
と言ってるわけだろうから、O・J・シンプソン事件のように、彼らの意見が通ってしまいやしないかとおれは危惧しているところである。
 
困ったものだ。帝銀事件の話をするにも、どうせ皆さん、おれが書くことなんて、本のページをスキャンしたのを見せて説明しないことには納得できないでしょう。だからおれもそうしたいのに、できないんだよ。どうしたもんか。持ってるもんだけでやるしかないが……。
 
てわけで、オーケンの『のほほん人間革命』に戻ろう。以前、スキャンして見せたものに、
 
   *
 
大槻「あと、もうひとつなんですけど、まずどこで、捜査線上に、平沢さんがうかんだかといえば、ナゾの名刺事件というのがあったそうで……」
遠藤「〈松井蔚医学博士〉という人物の名刺ね」
大槻「つまり、帝銀に薬を持ってきた人が持ってた名刺ですか?」
遠藤「いや、帝銀事件の予行練習として犯人がやった昭和二十二年十月十四日の安田銀行荏原支店事件(未遂)の時に、犯人が荏原支店に置いていった名刺」
 
アフェリエイト:のほほん人間革命
 
というのがありました。
 
ここでオーケンが、
「つまり、帝銀に薬を持ってきた人が持ってた名刺ですか?」
と言ってる点に注意いただきたい。オーケンは〈松井名刺〉がどこで使われ事件にどうかかわるものかちゃんとわかってないのがわかる。遠藤の本を「サスペンス小説を読むよう」にして読んではいても、「推理しながら」読んでたわけじゃ全然ないのだ。
 
作品名:端数報告 作家名:島田信之