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事件の流れや細部については読み飛ばしていて何も知らない。《調書の指紋が偽造》と聞いて、
 
「いや、これ読んでちょっとゾーッとしましたよ」
 
と言ったり、《居木井警部は五聖閣の占いで》というのを聞いて、
 
「しかし、こんなことがあっていいんですか?」
 
と言ったり、《諏訪中佐は原因不明で死亡》と聞いて、
 
「やぁー、びっくりしちゃった」
 
と言ったりしてるだけ。遠藤がする煽情的な話にだけ食いついて、疑うことなく丸呑みにし、GHQ実験説を受け入れている。
 
カッコウのヒナを育てる鳥だ。ヒナ鳥の口しか見てない。
 
《五聖閣の占い》は、松井名刺と安田銀行荏原支店事件の重要性からバカ鳥の眼をくらますための《カッコウのヒナの口》であり、オーケンはまんまとひっかかっているのだ。おれは荏原の件について、『遠藤誠なんて野郎は、34歳で死んでた方が人類のためによかったと知れ!』の回で、
 
「この件について書いていったら長くなるのでここではしない」
 
と書きました。
 
けれども、ああ書いたのは、書いていったら長くなるような話があったからです。で、そいつを今ここに、長く書いてやろうじゃねえかというのが今回のテーマ。
 
なんだけれども、荏原については、『最も危険な本番台本』の回で一度書きましたね。帝銀事件の3ヶ月前に起きた出来事で、30人がクスリを飲まされはしたけれど、全員がちょっと気分が悪くなっただけ。〈その男〉は何も盗らずに去って行ったという話。
 
遠藤はこれを〈予行〉と言うけれど、おれはそれはおかしいと思う。なぜなら、このとき怪しまれ、支店長が交番に人を送って巡査が来ることになっているからだ。これが予行ならこの点を重視し、アンドーナツはマッカーサーに、
 
「ちょっとこいつはヤバ過ぎますよ。別のやり方を考えましょう」
 
という話になってよさそうなもの。〈本番〉でまた同じことになれば、毒のビンを放って逃げるなんてことにもなりかねぬわけで、鑑識が見て、
 
「これは普通の青酸カリとかじゃないですね。何か特殊な毒ですよ」
 
ということになってしまうとそこからすべてがバレて言い逃れできなくなるのは明らかだろう。荏原が予行であったなら、結果からそうした点に気づいて検討しなかったというのはおよそ有り得ないこととしかおれには思えない。
 
というような話をしました。それからまた、ここで使われたクスリはおそらく猫イラズのようなもので、平沢は人を殺さずカネだけ盗っていこうとしたのだが、毒が弱すぎて失敗したのじゃないか、なんてことも書きました。
 
が、実はこの件について、まだまだ他に考えがあって、今回はそれを長く書きたいと思う。
 
――と、さて、荏原だけでなく、〈本番〉の帝国銀行椎名町支店でもそうなんだけど、〈その男〉は現場にひとりでやって来ている。遠藤やセーチョーが言うようにこれがほんとにGHQの実験なら、これはおかしくないだろうか。背後に大きな組織があるのに、なんでどうして実行犯が単独なんだ?
 
荏原の件でもふたりか三人で店に入れば、支店長が怪しんで人をこっそり交番に送ることもなかったのではあるまいか。うちひとりが白人だったりしたならば、誰もなんにも疑わずにことがスムーズに運べたのではないだろうか。
 
そして複数で行えば、ビンを捨てて逃げるような危険も減らせる。そうだろう。アンドーナツがそういうことを考えなかったというのはおかしい。ひとりでやらせて失敗すれば自分もまたおしまいなのに、どうしてたったひとりだけにやらせたと言うのか。
 
おれがアンドーナツであり、帝銀事件をおれの実験ということにしましょう。おれならひとりでやらせません。《実行役に四人は必要》と考えるんじゃないかと思うね。多くてもかえって失敗しそうだから、四人か五人。その人数でやろうと考えるんじゃないかな。
 
決行時刻が銀行が閉まる直後の午後三時過ぎというのはまあいいとして、正面の戸には鍵が掛かっているわけだから、裏口に見張りをひとり。外にクルマを一台置いて、その運転手がひとり。
 
で、行員に毒を飲ませる役がふたりの計四人。うちひとりは英語しか話さぬ白人であること。
 
このふたりは見張りと運転手がいること、そして相棒がいることで、安心して自分の役に専念できるというわけです。イザというときのための拳銃も必要ですね。 
 
で、毒を飲ませたら、行員達の苦しむさまを写真に撮ったり映画に撮ったりするわけですが(でなきゃ実験と言えないでしょう)、そのための役が別に必要と考えるなら計五人。ことが終わったら、万一にも息を吹き返す者が出ないよう全員の頸をナイフで掻っ切る。
 
で、物盗りの仕業に見せかけるためカネを持ってくわけですが、小切手なんか取らねえよ。それよりも、湯呑みだよ。青酸パリダカラリーが検出されるおそれがゼロとは言えぬだろうから、自分が飲んだぶんだけでなく、全部持ってかなけりゃいけない。
 
そうでしょう。それだけのことを全部確実に行うためには、四人か五人が必要だとおれなら思うね。おれがアンドーナツならば、「この者らならやれるだろう」と思えるチームを確保できねばやらない。
 
危険が大き過ぎるからだ。荏原が予行であったなら、その結果からこんな考えを導き出してるとおれは思うがどうでしょう皆さん。あなたならば、どうですか。帝国銀行椎名町支店を諏訪中佐ひとりだけでやらせますか。それとも四人か五人でやるか。選ぶならばどちらですか。
 
答は決まっていますよね。帝銀事件がGHQの実験ならば、実行犯が単独などバカげている。実験説はカッコウのヒナです。これを信じる人間は、托卵のヒナにエサを運ぶバカな鳥を笑えません。
 
セーチョーはその手の鳥とまったく同じ。ヒナの口しか見ていないから、ひとりだけでは実験にならないことにも気づかない。《単独なのは不自然じゃないか》と思うことすらないし、人からそう聞かれたとしても首を振るだけ。
 
荏原から帝銀まで3ヶ月の時間があるのに、この程度のことも考えていない。じゃあ一体なんのための予行なのか。
 
そう言っても首を振るだけ。それがセーチョーという人間なわけです。が、平沢が犯人ならば、不自然なことはありませんよね。荏原は予行なんかじゃない。カネに困った絵描きだからひとりでやるしかなかったと言うだけ。
 
てわけでおれは、この点からも、平沢に決まってんだろと考えるわけですが、こんなところで今日はおしまい。例によってこんな話でもっと長くておもしろいのが何かないかとお探しの方は、おれが書いた次のものなどいかがでしょうか。それではまた。
 
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作品名:端数報告 作家名:島田信之