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そいつは意味を取り違えてる


 
これは本来、読書ブログなんですが、しかしまたまた映画の話。
 
アフェリエイト:それでもボクはやってない
 
この映画が描いてることは全部が全部嘘だという話のパート4であります。
 
で、いきなり本題ですが、今回はですね。あの映画で、看守役のほとんどエキストラのような役者が加瀬亮演じる〈ボク〉に、
 
「頑張ってね。刑事は『まさか起訴すると思わなかった』と言ってたよ」
 
とか言って、加瀬が、
 
「なんだよそれ!」
 
と怒鳴る。そんなシーンがあるんですね。あの映画を見てない人に説明すると。
 
今回はこのポイントについて、周防正行の嘘を語っていきたいと思います。
 
別に信じてくれなくてもいいけれど、おれは決して冤罪があっていいと思っていない。前回のログにこの映画のテレビ放映を見ながらおれが、「おれが検事なら起訴しないな」と思っていると検事役が「お前は起訴するからな」と言うのでビックリしたと書きました。で、
 
「この検事バカか? 痴漢なんかどうせまたすぐやって捕まるんだからそれを待って……」
 
などと思ったと書きました。
 
それがどういうことなのか、説明するのが今回の話ということになりますが、しかしそれにはまずまたまた、阿曾山大噴火大先生のお力を借りるべきでしょう。ここにたびたび紹介してきた『裁判狂時代』を今度はページをスキャンしてお見せしますが、赤で囲った部分に注意して読め。
 
画像:裁判狂時代182-183ページ
 
アフェリエイト:裁判狂時代
 
《被告人には痴漢の前科があることが多い》
と先生は繰り返して書いている。ただ、ここで〈前科〉とあるのは、正しくは〈前歴〉と直すべきでしょう。法律で言う〈前科〉とは捕まった数のことでなく〈実刑を受けた数〉であり、ややこしいのだが、まあいいや。先生は〈前科〉の二文字を法律上の定義でなく、一般的な用法で使い、
《被告人にはほぼ間違いなく過去に痴漢で捕まった前歴がある》
との意味で書いている。それで別に間違いはない。
 
これに出ている〈京王線の男〉の場合、被害者もしくは近くにいて見咎めた人に腕を掴まれ、駅員に突き出されたことが過去に二回あり、たぶん刑事の調べを受けて送検されてるわけだ。
 
が、その二回に起訴はされなくて、三度目にやっと訴追の運びとなった。
 
というのがわかりますね。しかし、どうして前の二回に検事は起訴しなかったんでしょう。
 
そいつの話を新聞で読んでないのでおれは知らない。でもまあ被害者が告訴しなかった(痴漢は親告罪なので、告訴がなければ起訴できない)のが第一の理由なんだろうけど、しかし、それ以上にたぶんそれらは、腕を掴んだ人間が「痴漢だ」と言ってる以外に証拠らしい証拠がなかったんじゃないかな。〈ボク〉と違ってすぐアッサリ罪を認めて、
 
「すみません。もうしませんから今度だけは見逃してください。こんなことが東京特許許可局に知れたならばワタシはクビです。ですからどうか、東京特許許可局にだけは内緒にしてください。東京特許許可局にだけは! 東京特許許可局にだけは!」
 
と、床に額をスリつけて物凄い早口で言ったりしてるかもしれんが、どんなもんか。
 
どうせ裁判になったなら、「自白は刑事に強要されたものなのだ。隣の客はよく柿食う客なのだ」と元のエリート顔でまくしたてるに違いない。そうなったとき、証拠が腕を掴んだ人が「痴漢だ」と言ってるだけというのじゃまずい。なんでこいつと「スモモもモモも桃の内」「坊主が屏風に上手に坊主の絵を描いた」とやり合わねばならんのだ。
 
阿曾山大噴火先生が、
 
   *
 
痴漢の裁判というのは(略)検察官も(略)心がこもってない感じがすることが多いんだよ。
 
   *
 
と書いてるように、そもそもが、面倒なことやりたくない。それが第0の理由だったんじゃあなかろうか。
 
税金の無駄なだけでもある――が、しかし、「もうしませんから今度だけは」と言った男がまたやって、また許したらまたやって、と床に土下座して「東京特許許可局」と泣いて言うのが三度目ならば話はどうか。
 
ここまでくれば、法廷で「生麦生米生卵」、じゃなかった、「自白は無理にさせられた」と言ってもそんなの、松本清張か、役所広司くらいしか信じる者はいないだろう。アメリカの陪審員裁判でも、たぶん12人全員が、「ギルティ」と言ってくれるだろう。ヘンリー・フォンダみたいなのが間違って混じり込んだりしない限り。
 
と考えて三度目にして、検事は起訴に踏み切った。のじゃないかとおれは思うがどうでしょう皆さん。
 
って、「どうでしょう皆さん」と言うほどたいした推理でもないか。とにかく、ええとなんだっけ。『それでもボクはやってない』か。この映画に、
 
「頑張ってね。刑事は『まさか起訴すると思わなかった』と言ってたよ」
 
と、看守役で確かこれひとつしかセリフのないやつが言い、加瀬亮演じる〈ボク〉が、
 
「なんだよそれ!」
 
と怒鳴るシーンがあるという話だ。そうだ。そうなんだけど、うむむむむ。
 
おれが思うに、たぶんこれって、ほんとにあったことなんだろうな。警察の関係者が痴漢裁判の被告人に、
 
「刑事は『まさか起訴すると思わなかった』と言っていた」
 
と話したという逸話がいつかどこかである。周防正行はこれを遠藤誠みたいな弁護士に聞いたか、それとも痴漢冤罪の本にでも書いてあるのを読んで脚本に取り入れた。
 
てことだろう。『それでもボクは』を円盤で見れば、コメンタリーで言ってんだろう。「本当なんです。実際に、こんなことがあった話があるんですよ」と。
 
うん、あったかもしれないね。別に不思議なことではないね。おれが〈ボク〉を取り調べた刑事だとしても、看守なんかに言うかもしれない。《検事が起訴した》と聞いたら、
 
「えっ、本当に? まさか起訴すると思わなかったな」
 
と。ただし、それは自分が自白させた男が実は潔白だと思っているからではない。
 
《痴漢なんか全部いちいち起訴せんでいい。どうせあいつはまたやって、二回・三回と突き出されてくるんだから、訴追は二度目か三度目でいいんだ。それとも、懲りてこれ一度でやめるようなら、それはそれで別にいい》
 
という考えでいたからだ。『それでもボクはやってない』という映画はしかし、「まさか起訴すると思わなかった」を、
 
《この刑事は彼は痴漢をやっていないと考えながら無理に自白させ送検したのだ。そして法廷でシラを切ってる》
 
と観客に思わすように演出してるが、嘘です。その言葉の意味は、必ずそうとは限らない。おれが考える意味の解釈もできるのであり、おれが刑事ならその意味で言います。〈ボク〉の野郎は痴漢に間違いないけれど、これを限りにもうやらなくなるのなら、被害に遭う女の子はいなくなる。だったら、まあいいじゃんか。どうせ裁判で有罪にしても、執行猶予がつくのならば同じことだ。
 
その場合は前科者ということにならない――〈前科〉というのは法律上は〈実刑を受けた数〉だから。
 
作品名:端数報告 作家名:島田信之