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となると話は違いますよね。周防正行はごまかしているが、現実の痴漢裁判で検事がこの手を使うときは、狙いはここにあるものと見てまず間違いありません。
 
あの映画の話には、実は続きがあるはずなのです。
 
「へえ、友達にもらったって? それはおかしいなあ。君、刑事に聞かれたときに、やっぱりそう言ってんだよね。『武田真治という友達にもらった』と。でも『そのような人物はいなかった』と書いてあるけど、どういうこと? これって嘘だったんだよね?」
 
「そ、それは……」
 
「嘘とバレて調書にまで書かれたことを、なんでここでまた言うの」
 
というのが日本全国の裁判所で、毎日のように行われている。それが本当の話なんですが、どうでしょう。あなたはこの検事さんのやり方を、『それでもボクはやってない』の中で役所広司演じる正義の熱血弁護士が、
 
「許せん、〈デスノート〉があれば、こいつらの名前を全部書いてやるう」
 
とか……言ってないか。言ってないけど、その昔、言ったのたくさんいたと思うな。あなたはそのように考えますか。
 
おれはまったくその逆で、テレビの中で役所広司が何か言うたび、「よくも嘘を並べやがって」とハラワタ煮えくりかえったんだが。取り調べで刑事にビデオを見せられて、一度だけなら「友達にもらって」と言ってしまうこともあるでしょう。しかしそれがバレたのに、検事調べで同じことをまた言って、法廷でさらにもう一度、
 
「そ、それは友達にもらって……で、でもそんなの持ってるからって!」
 
と同じことを言う。二度バレたのに三度目を言う。としたら、「こりゃあ痴漢やってんな」と思って別にいいんじゃないかとおれは思うがどうでしょう皆さん。
 
――が、さてしかしこの話も、帝銀事件と同じです。思い出してみてください。セーチョーの『小説』にも、
 
   *
 
「平沢さんは、その日、来る途中で、日暮里で田舎に帰るという旧友の画家に会ったが、困っていたらしいので、財布から五百円出してやった。そのときスリが見ていて、目をつけていたらしい、とも語っていた」
 
アフェリエイト:小説帝銀事件
 
なんて書いてるとこがあったが、その《旧友の画家》ってのは誰なんだ。いるなら法廷で証言しないのはおかしいが、どうせ嘘なんだろ、なのにセーチョーはその点に気づきもしていないんだというおれの考えを。その〈旧友〉が存在しないのであれば、平沢が帝銀事件の犯人であるもう充分な証拠なのです。
 
それから、『のほほん人間革命』の中に、
 
   *
 
大槻「(略)ところで、そういう高名な画家でありながら、帝銀事件のちょっと前に、そのー、軽い詐欺事件みたいのを起こしていたと……」
遠藤「そう、そう、そう。ありました。三菱銀行丸ビル支店事件ね。銀行の他のお客の持ってた札を、地ベタに落ちてたんで、それを拾って、「何番さ〜ん」って呼ばれた時に「は〜い」って言って、人の通帳とハンコと金一万円をもらっちゃって」
 
アフェリエイト:のほほん人間革命
 
というのがありました。これもまた、《そんなの持ってるからって》の話と同じと言えます。帝銀事件について書かれた書物には、大抵どれにも、《事件のちょっと前に、そのー、軽い詐欺事件みたいのを起こしていた》などという記述がある。でもそうとしか書かれておらず、具体的な説明はない。
 
あなたもどこかで一度くらい、目にしたことはないですか。
《事件の少し前に平沢氏は、詐欺と言えないような詐欺をほんの小さな間違いから犯してしまっていた。それはほとんど過失と言えるものであったにもかかわらず、その件だけを理由に犯人と名指しされた》
などと書いてあるものを。そんな話をおれは前にいたしました。
 
そしてそのときセーチョーの『小説』から引用した文章を、今度はページをスキャンしたものでお見せしましょう。これがオーケンの言う、《(平沢は)帝銀事件のちょっと前に、そのー、軽い詐欺事件みたいのを起こしていた》です。
 
画像:小説帝銀事件109-110ページ
 
赤で示したのが「は〜い」の一件。だが2・3・4がある。なのにそれが遠藤誠の本では、『そのー、軽い詐欺事件みたいのを起こしていた』とだけ書かれ、読んだ人から「『そのー、軽い詐欺事件みたいのを起こしていた』とありますけれど、どんなことを」と聞かれて初めて、最初の「は〜い」の話だけする。それでみんな納得しちゃって、実は続きがあるだなどとは思いもよらない。
 
このおれでさえ、『刑事一代』で事実を知るまでこれについては疑わなかった。しかし1948年、平沢逮捕の数日後にこれは知られて新聞に書かれ、広く読まれることになってたんですな。これに加えて《アッ、スラれた》の話とか、《事件直後に手にしていた大金》の話だとかが続々と明るみになって世に知られ、その後十年ばかりの間はセーチョーみたいに頭のおかしな人間以外はGHQ実験説などというバカげた話を信じなくなる。
 
安保と闘うアンポンタンがウイルスのように増えるまで……のだけれどもそれはさておき、平塚八兵衛が『刑事一代』の中で、
 
   *
 
検事調べってのは、もともとが、われわれ刑事が荒ごなしをして、できあがったものを改めて記録に仕直すのが当たり前だ。
 
アフェリエイト:刑事一代
 
と言っているその手順がいかに重要かという話でもあります。刑事がまず〈ボク〉を調べて調書に、
『「友達にもらった」などと言いおって、〈武田真治〉の名前を出したがそんなのいなかった』
と書いているなら検察官は、法廷で『痴漢鉄道999』のDVDを証拠として出して見せても不当なことはないわけだ。帝銀事件も刑事調べが重要だったはずなのに、どういうわけか省かれてしまった。
 
それについてはGHQの横車があったのではないかと前に書きましたね。それがすなわち1948年の世界情勢にかかわることで、居木井警部と八兵衛が平沢を捕まえ、詐欺未遂が発覚した8月末というのは特に、隣の朝鮮半島でなんとなんと……という話が実はあるのですが、それについてはまたいずれ。今回はここでお別れといたしましょう。
 
《悪いやつが捕まってまず刑事にこう言って、法廷ではこう言ったけど、しかし実は》なんていうのでおもしろい小説が何かないかとお探しの方は、おれが書いた次のものなどいかがでしょうか。それではまた。
 
貴方と私の獄中結婚
https://books.rakuten.co.jp/rk/3f60c6a5452f301199dcf36e4981cbfa/?l-id=search-c-item-text-14
作品名:端数報告 作家名:島田信之