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オークションを落とすのは誰だ?


 
GHQはGeneral Headquarters、〈連合軍最高司令官総司令部〉の略である。〈米国占領軍〉ではない。
 
が、まあしかし、それはよかろう。また前回のおさらいだが、〈画伯・平沢をすキュー会〉、略してGHQの野望は平沢貞道を無罪にし、絵の値段を百倍からそれ以上にすることだった。令和の今に平沢を無罪にすることができたなら、海外のオークションで、
 
「サダミチ・ヒラサワの『ハルトーカラジ』、100万ドルからのスタートです。200、300、400万! 500万ドルはございませんか? 600万ドル! 700万ドル! 800万ドルはございませんか?」
 
となることは確実なのだ。ただし、無罪にできればだけど。そういう話でございました。
 
けれどもそれは令和の今の話である。事件直後のまだ〈すキュー会〉結成前、彼らの悩みはまた違っていた。平沢の絵を数千円、現代の数十万で買うのは会社のシャチョーさんであったりしたのだが、その彼らが社員達から、
 
「ウチの社長があの人殺し野郎から絵を買っちまっててさあ。『これは8万で売れる』とか言ってたんだけど、もう一円にもならねえでやんの」
 
などと言われる。何がなんでも、平沢を無罪にせねばならない。GHQの実験だ、GHQの実験だ、レンゴーグンサイコーシレーカンソーシレーブの謀略なのだと言い続けねばならないのだ。弁護士の先生方、どうか、どうか我々をお助けください。平沢よりもまず我々を救ってください。ワタクシ達の名誉を回復させてください!
 
なんてなところに60年安保闘争が沸き起こり、世のアンポンタンどもが、いったん消えたGHQ実験説を蘇らせる。そして1968年に、グラングラランと世界が揺れる。
 
若者達は「Don't trust over 30」と叫び立てる。そうなったら事件についての嘘はもうつき放題だ。〈新しい正義派〉を名乗る25歳のジャーナリストが平沢を仙人に仕立て、獄中で描かれた絵の個展を開き、哲学者ヅラで頷いて言う。
 
「あれだけの犯行をしたからにはその後もこんな素晴らしい絵を描けるはずがない。犯人なら絵にもっとにごりがあるはずだ……」
 
――と、そんなところにサンケイ新聞が『刑事一代 平塚八兵衛聞き書き』のタイトルで連載を始める。記者の名前は佐々木嘉信(よしのぶ)。
 
その第一回は〈吉展ちゃん事件〉。1963年、四歳の男の子・村越吉展(よしのぶ)ちゃんを誘拐、殺してまんまと身代金を奪い取った男、小原保(こはらたもつ)。この男を二年かけてようやく捕まえ、期限ギリギリで八兵衛が自白を取った話はあまりに有名だ。
 
この連載を本にした『刑事一代』には八兵衛の口から語られる捜査の詳細が記されているが、この本は、この章だけでもお金を出して買って読む価値がある。絶版状態にあるとはあまりにもったいない。新潮社に電子書籍化の希望を出そう!
 
で、何が言いたいかというとこの話、読んでおもしろいのは〈落としの八兵衛〉と言われた八兵衛がどこまでもノラリクラリと言い逃れる小原を果たして落とせるか、というところであって、実話だから言ってしまうが落とすことに成功している。そこが凄い。
 
凄いことは凄いんだけど、よくよく見ると八兵衛は、その期限ギリギリのときに小原の嘘をひとつ崩しただけに過ぎない。それでも小原は観念するが、詳しくはここに書かないので本を手に入れて読んでください。電子書籍化の希望を出してください。
 
――が、ここにたびたび引いてきた『未解決事件の戦後史』(著・溝呂木大祐 双葉新書 リンク貼れず)という本には帝銀事件についてこんなことが書いてある。
 
   *
 
 ちなみに平沢は、居木井や鬼刑事として知られる平塚八兵衛から、拷問に近い取調べを連日、受けたという説がある(居木井と平塚は否定)。
 
   *
 
おい(怒)。
 
まったく、こいつも〈新しい正義派〉気取りなんだろうけど、嘘を並べるのもたいがいにしろよな。帝銀事件では刑事調べが省かれて、無茶な調べをやったのは高木という検事だったなんて話はちょっと事件を知ってる者なら誰でも承知のはずだろうに。オーケンの本だって、前回の「えっ、じゃあ」と前々回の「あるんです」の間に、
 
   *
 
遠藤「あるんです」
大槻「しかも、平沢さんが飼っていた犬の名前が「ポチ」っていうんですよね、これが(笑)。……愛犬ポチが狂犬病になったがために、平沢さんの人生は変わってしまった。そこで、また次のページをめくると、逮捕後三十四日目に行なわれた取調べの調書の中身が支離滅裂で、随所に仏が現れて平沢さんに教示したと、そういう風に書かれていますよね。そして、この仏とは実は高木一検事のことなのである。――と」
遠藤「そうです。そのとおり、そのとおり」
大槻「平沢さんは、どうしてまた「仏」と言ったんですか?」
遠藤「まぁー、それもやっぱり彼の作話症のひとつでしょうね。本当は、「検事さんがそう言えと言っておるので私はそう申します」と言えばそのままになったんでしょうが、やっぱりそこにね、フィクションを加えないと気がすまないというところが、まさに作話症」
大槻「えっ、じゃあ、(略)」
 
アフェリエイト:のほほん人間革命
 
こういう文があり、これに遠藤誠みずからのことこまかな解説として、
 
   *
 
【高木一検事】(一九一〇〜九二年)東大法学部卒。検事として、帝銀事件において平沢貞通氏の取調べと起訴と第一審の公判立会いをした。
 
   *
 
というのが付いている。
 
ただ、遠藤はこんなことを言ってるが、おれが思うにこのホトケ様うんぬんは、作話症もチョココロネ症候群もたぶん関係ないんじゃないかな。このとき高木ブー検事は平沢を眠らせなかったんだろう。そんなやり方で自白を取ってもダメなことは明らかで、話は支離滅裂になり仏に言われてやったことになってしまう。
 
それではダメだ。しかしなんでこの元祖高木ブー伝説が荒井注な調べをしたかについて、セーチョーの『小説』には、
 
   *
 
 しかし、とにかく、八月三十一日の安藤鑑定人の中間報告は、俄かに警視庁に一つの衝撃を与えたと言ってよい。恰も、壁の前に足踏みしていた捜査本部が、真剣な熱を帯びた眼を平沢画伯に向けはじめたのだ。警視庁が稲佐検事に向って、ホシはこれに相違ない、検事さん起訴してください、と迫ったのは、このあたりからである。
作品名:端数報告 作家名:島田信之