端数報告
遠藤「ありました。えーとね……。当時九十三歳でしたが、面会に行ったら、「ここの刑務所の看護婦どもはみんなワシに惚れて困ってんですよ」って言うんですよ」
大槻「(笑)あっそうですか」
遠藤「「看護婦さん、本当ですか」って聞いたら、「あー、またじーちゃんのホラが始まったんですよ」ってね。最後まで彼はこうでしたね」
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という感じで、あまり仙人ぽくはない。
93〜95歳。死の直前でそうだったのならまだ元気な事件の頃にどうだったかと言えば誰もが「あんなやつ」、逮捕直後には「あいつならやるよ」、と吐き捨てるように言ったとされる。
遠藤にしても聞く相手がオーケンでなければこんなことは言わなかったんじゃないかと思うが、ここでは口を滑らせてるね。疑問なのは遠藤が〈画伯・平沢をすキュー会〉の策略に気づいていたかどうかだが。
気づいていないわけがなかろう。冤罪運動の中心にいる者達に、平沢を無罪にすれば絵の値段が百倍になるとわからないはずがない。だからもちろん遠藤も、全部承知のうえで弁護団長していたのに違いない。オーケンに遠藤は、
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遠藤「(略)いまだに彼に対する再審開始決定は出てないんです。ただ、今、第十九次再審請求をやっているんですが、来年中頃までで全部証拠を提出し尽くしますから、その頃から、裁判所は何らかの行動に出るはずです。もしかすると再審開始決定を出すんじゃないかなと思っているんですが、もしそれが出たら、また、大騒ぎだわね」
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と話している。あらためて断っておくがこの対談がされたのは1995年。遠藤がこのとき本当に請求が通ると思っていたかどうかはかなり疑問だが、通っていたらその時点で実質的に無罪確定。
もしそうなった場合どうなる? たとえば、こういうのはどうだろう。政治献金に絵が使われることがある、というのをおれはある小説で読んだことがある。引用しようか。
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かつては県議会のスポンサーとして、陰のご意見番も務めていた地元有力者。その頃の祖父にとって、ここにある美術品の数々は現金化される前の政治献金でしかなかったという。献金したい相手にこの絵をプレゼントする。あくまでも贈り物であるから規制には引っかからない。で、贈られた方は、その後すぐやって来る美術商に絵を売ってしまう。美術商は絵を贈った側が差し向けているわけで、あらかじめ決められた値段で絵を買い取れば、お咎めなしで献金が成立する、という筋書き。
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こうだ。この手は使えないか。
再審請求が通ったところで、〈画伯・平沢をすキュー会〉は遠藤に平沢の絵を一枚贈る。その絵は一円の値打ちもない。
花を贈るのと変わらない。表面上はただの無価値なプレゼントだ。しかし無罪となったところで、画商がそれを8億で買い、10億の値が付けられて企業が買う。見る人々は、
「ああなんと素晴らしい、一点のにごりもない絵なのでしょう。これを見れば故・平沢貞道氏は本当に無実だったとわかりますネ」と――。
ま、遠藤はやろうと思えばそれができたはずであり、そのことがわからなかったはずもない、というだけの話ですがね。再審請求がほんとに通ると思っていたかどうかもわからんし、秘密は墓場までもっていく気だったでしょう。
というわけで、こういうとんでもない会が悪だくみをするのを正義の主人公がやっつけてくれるようなおもしろい小説が何かないかとお思いの方がありましたら、おれが書いた次のものなんかいかがでしょう。自分で言うのもなんですが、今ここに書いたのよりもずっと凄いですよ。
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