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GHQ:画伯平沢をすキュー会


 
また前回のおさらいから。前の話は平沢貞通はろくでなしであったがために、8万円で売れる絵を描いても自身は8千円しか得られなかった。平沢みたいな人間と付き合うのは平沢の絵を8千で買って8万で転売しようとするやつだけだった。そのために帝銀事件の頃平沢は、一流の画家であり続けるため10万のカネをどうしても必要とするようになってったんじゃないのかなと、セーチョーの『小説』を読むと逆に思えてしまうというお話でした。
 
事件の前に平沢の絵は8万円(今の800万)の値が付いていた。いたけど帝銀事件の後で80銭になってしまう。8千で買って8万で売ってた者には大打撃だ。それをやるのが鉛筆会社の社長さんとか、土地会社の社長さんとか、船舶運営会なんてところでよくわからんが船舶の運営してる人だったりすると、会社の信用問題になるし、そのひと個人が「一体なんであんな野郎と付き合ってたんだ」という話になってしまう。
 
大打撃だ。その人達も、事件前には平沢みてえな人間のクズと付き合いたいから付き合っていたのじゃなくて絵を8千円で買い8万円で他に売れるから付き合っていただけなんだから、平沢のことはケチョンケチョンに言っていたので事件の後で、まずは
 
「平沢サダミチ? 誰ですかそれ? そんな人は知らないなあ」
 
と言ったりするけれど、しばらくすると態度が変わり、法廷で有利な証言までし始める。
 
「あの人はとても素晴らしい人です。あれだけの人格者が悪いこと、ましてや大量毒殺なんて決してするはずありません。ワタシは平沢先生の無実を固く信じます」
 
なんてことまで言い出し始める。それは一体どういうことかというお話でした。
 
そりゃあもちろん、8万円で売った絵がつき返されているからだよ。もう一円の価値もない。けれど、平沢を無罪にできれば、8万どころか80万になってくれる。800万になるかもしれない――そう全員が気づいたのだ。令和の今なら間違いなく、8億円か80億円。
 
そうなることに気づいたのだ。かくて〈平沢を救う会〉――GHQが結成された。画伯・平沢をすキュー会。一枚10億、100枚千億。平沢貞道を無罪にして千億円を手にするのだ。それが悪の秘密結社、GHQの策略なのだ!
 
というようなお話でした。帝銀事件についてよく言われるのが、たびたびここに引いてきた『未解決事件の戦後史』(著・溝呂木大祐 双葉新書 リンク貼れず)という本からまた引用しようと思うが、
 
   *
 
 80年代に入り、免田事件、財田川事件など、死刑を宣告された被告が再審により無罪となるケースが続出したが、帝銀事件だけは顧みられることはなかった。
 その反面、歴代の法務大臣たちが、なぜか死刑執行命令にサインすることもなかった。こうして、平沢は生き続けた。約39年間の獄中生活を過ごし、87年5月10日、95歳で獄死した。
 
   *
 
というやつだろう。戦後の混乱期に明らかな冤罪で死刑を宣告された者が何人か出たが、その者達は刑を執行されぬままに30年以上拘置所で生き、80年代になって再審無罪となった。おれも当時に中高生で、テレビでしょっちゅうそんなニュースを見ていた憶えがある。
 
だが、前にも書いた通り、おれが高校出たのは87年3月。平沢はその2ヵ月後に死んだわけだが、おれはそんなの見ていられる状況でなく知らなかった。
 
が、ともかくそれゆえに、《平沢もまた無実だから法務大臣がハンコを捺さなかった》という話が出てくるのはわかる。そして、《平沢だけがなぜ、再審請求が通らなかったのか》という話になってくるのもわかる。
 
それがゆえにGHQ――連合軍最高司令官総司令部の実験だなんて話になるのもまあわからなくないが、まあわからなくないだけで、あまりにもバカげた考えだから、真に受けるやつの気が知れない。前回紹介した『写真のワナ』という本で、著者の新藤健一は、
 
   *
 
戦後の混乱期、日米両政府間にどのような取り引きがあったのか、わからない。関係者が口をつぐみ、その秘密を墓場までもっていってしまう昭和史の“影”の部分とは何か。
 
アフェリエイト:写真のワナ
 
なんてことを書いてるが、しかしこいつが平沢を隠し撮りした1969年、オーケンの本によれば遠藤誠のことこまかな解説に、
 
   *
 
【成智英雄】帝銀事件当時の警視庁捜査第二課の警視。この事件の捜査主任でありながら、「犯人は平沢ではなくて七三一隊員の諏訪中佐である」と主張、退職後の一九七二年頃までその主張を一般の雑誌等に書きつづけたが、その数年後に死亡した。
 
アフェリエイト:のほほん人間革命
 
とあるように、退職した捜査主任が自分の主張を雑誌なんかに書いてたんだろ。《関係者が口をつぐみ、その秘密を墓場までもっていって》ねーじゃねーかよ。ああ? 〈新しい正義派〉のジャーナリストさんよお。これをどう説明すんだよ。
 
おわかりだろう。GHQの実験なんて、松本清張・成智英雄・新藤健一などなどといった、頭のおかしな人間達の妄想なのだ。彼らの言うことは矛盾だらけで、てんで支離滅裂だ。
 
平沢の場合に死刑執行令状にハンコが捺されなかったのは、やはり法務省の人間までがGHQの実験説を信じてしまって、それが第一の理由なのかもしれない。免田事件などと同じく、それで手続きが為されなかった。
 
かもしれないが、それだけじゃあるまい。むしろ最初のうちは早く吊るしてしまいたかったのではなかろうか。セーチョーが『小説』を書いた頃にはセーチョーの妄想と違って平沢の無実など、信じるやつは法務省内にただのひとりもいなかった。一審・二審・最高裁のいずれの判事も100パーセントの自信を持って死刑の判決を下したし、陰謀論など封じるためにも早く吊るすべきだと言ってた。
 
のじゃなかろうか。だができなかった。GHQ――画伯平沢をすキュー会が、再審請求をしてくるからだ。
 
それもこないだここに書いた《調書の指紋が偽造》といった、それ自体がインチキ請求。あれが弁護士のデッチ上げなのは、見る者が見ればひとめでわかる。
 
通らないのはわかっているが、しかし審理に2年かかり、棄却したその日のうちに次の再審請求書が提出される。無論そいつも全部イカサマ。
 
それでもその間、刑の執行は止められるのだ。画伯平沢をすキュー会が弁護団にカネを出し、これを続けさせる限り、平沢の身は吊るされない。
 
平沢の刑が執行されてはならない。それでは8億で売れる絵もゼロ円のままなのだ。
 
15分しか会っていない――それも隠し撮り目的で会った〈新しい正義派〉の新藤健一の眼に平沢は仙人として映っている。彼の写真に平沢が仙人として写っているかはウェブで探して見てほしい(たぶんあるだろう)が、『のほほん人間革命』では、遠藤誠の眼に映る平沢貞道という男は、
 
   *
 
大槻「えっ、じゃあ、遠藤さんが平沢さんと直接お会いしてる時も、時々アレっていうのはありました? 作話してるなっていうのは――」
作品名:端数報告 作家名:島田信之